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2015年7月5日 北丹沢12時間耐久レース44.24キロ

*** 4連続トレイル完走  ***
4連続レースに! 2015年7月5日

トレイルの4連続に初挑戦(全レース完走)

第1回は4月19日(日) 東丹沢宮が瀬トレイル 32.1キロ
第2回は5月10日(日) 道志村トレイル 42キロ
  5月24日(日)小豆島オリーブマラソン21キロ
第3回は6月14日(日) 八重山トレイル 38.55キロ
第4回は7月5日(日) 北丹沢12時間耐久レース 44.24キロ

総合タイムで短い人年代3位まで50歳以上となっている。4つのレースにエントリーし
、4か月という長い期間で参加するのは初めてである。まず故障しないようにしたい。
一本一本のレースに気持ちを込めて挑戦したい。

repoゴールのイメージを作る試走

3本のレースを完走したので気持ち的には余裕が出てきた。6月23日(月)
勤務がなく、天候も15時ぐらいまでは安定しているとの予報が出ていた。
4本目は感激のゴール目指して自分の持っている力を最大限に発揮できるように頑張るだけ、と決めている。そこで考えたのは33キロ地点の袖平山まで逆に登り、残りの10㎞の下りを気持ちよく降りてくるにはどんな走り方がよいのか、そんなことを考えながら走ることにした。
学習問題は、「今ある力で理想の山下りをするためにどんな走り方をするのか。」である。

当日は、6時過ぎに家を出た。圏央道で相模湖インターまで行き残り16キロの七曲りの道路を通り青根のキャンプ場に着いた。75分かかった。
 走り出したというか歩きだしたのが7時50分である。10キロ1600mの高さの山登りである。ゆっくりと景色を見ながらかみしめながら一人旅をした。携帯で景色を撮りながら3時間半かかり袖平山まで上った。おにぎりを食べ採れたてのトマト、キュウリにマヨネーズをつけて味わった。帰りは、10キロ全部が下りとなる。木道、滑りやすそうなところ、ゆっくりとチェックしながら75分で降りることができた。

repo6月29日、午後5時に「緑の休暇村センター」から電話が入った。5キロ離れた所の宿がキャンセルが出ました。いかがしますか。私は、8か月前から「緑の休暇村センター」にキャンセル待ちで申し込んでおいた。34人泊まれる場所で2人のキャンセル待ちだった。すぐに。7月3日までは待ちます。と応えた。
その3時間後、何とキャンセルが出ました。と連絡が入った。20日前に友人がキャンセル待ち1号で泊まることができるようになった。レースの6日前に、泊まれることになった。私は、飛び上がって喜んだ。このチャンスを本番で生かすことが使命でもあり義務でもあると勝手に思った。

7回目の北丹沢無事ゴール

なぜこだわったかというと、スタートゴールの目の前の建物に泊まることができるのは多くのメリットがある。夕食も6時半にはたっぷりのごちそうが出た。朝食も4時には、これまたボリュームいっぱいの料理である。6時半スタートだが6時に余裕で前列に並ぶことができる。過去6回の朝は大変であった。
会場に着くまで、着いてからの荷物の預け入れ、トイレの順番待ち、その他でスタートが気持ちよく出来なかった。

repo

今回は、夜朝共にきちんと食べている。睡眠も十分である。おまけにアルコールも入れなかった。金曜日に遅くまで飲み過ぎたこと。同じテーブルの人が誰も飲まなかったことが理由である。

過去と違うところは、コース変更である。雨が一週間続いたためがけ崩れの心配などがあり、県境尾根分岐・袖平山・姫次山などをカットした37キロを走ることになった。7キロ少なくなった。山ではなくロードが多い。どんな走りになるか見当がつかない。私は普段と違うことした。食料を一切持たない。水だけ1リットルハードレーションに入れた。後は自分の力で自分をコントロールするだけ。

落ち着いてスタートできた。前からのスタートだったので徐々に抜かれていった。2キロの山道では、渋滞も起きずにちょうど良い山登りとなった。走力に合った進み方だったので淡々と走ることができた。
コンクリートの道でもアップダウンが激しいところに苦戦した。
最後の3キロ地点からの山登りは泥んこになっていた。つるつる滑って前に進まなかった。それでも何とか、頑張ってゴールできた。
時間は4時間18分35秒であった。
何と60歳代60人中3位入賞であった。

ゴールし、表彰式まで時間があったのでそばの温泉に入り、宿で昼寝をしてきた。
すぐにスポーツジムに帰り、ぱつぱつに固まっている筋肉をマッサージしてもらった。

これで、4月からの念願の4連続レースが完走できた。
東丹沢宮が瀬トレイル32.1キロが年代3位、道志村トレイル42キロが50代以上12位、八重山トレイル38.55キロが4位、北丹沢12時間耐久レース44.24キロが37キロとなり3位であった。
自分としては満足のいく結果であった。
道志だけが60歳代の部がないので4レース全体では50歳代以上の部となってしまう。来年から道志も年代別を作ってもらいたいものである。



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