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2016年3月13日 2016横浜マラソン【神崎雅海】

3月13日の横浜マラソンについて通勤中にGarmin Connectを見ながら箇条書きした文章をまとめてみました。今後走るときの自分の反省に、そして他のランナーと自分の走りの相違など新たな気付きを得られればと思います。長文駄文です。

思い返せば一年前、初めて応援する立場で参加した横浜マラソンにランナーとして絶対走りたいと思い真面目に練習を進めていったのだが、怪我に悩まされ今シーズンは大会出場を控えよう、東京か横浜、当ったときだけ走ろうという心持ちで過ごしていたのが去年の秋。
東京は早々と外れの通知、横浜も市民枠の不当選にすっかり諦めていたが一般枠で当選。
10月はしっかり連取ルするが、体調管理の悪さから11月いっぱいを、そして怪我で年末から年始の三週間を全く走れずに過ごすことになってしまった。
やっと走れるようになったのが嬉しく1月の月例、青梅30キロでベストを出し順調に実力が伸びている気になっていた。
ただ、青梅の下り坂を全力で駆け下りた代償は大きく今まで一度も痛みの出たことのない左足の甲とすねを痛めてしまった。
休息も兼ねて走る距離を減らしたがここで30キロより長い練習を一回しか行っていない事に気が付く。
2週間前から悪あがきをしてもしょうがないのでその分体重を絞る事にした。果たしてこれが良かったのか悪かったのかか分からない。

そして迎えたレース当日の朝、普段走る時より多めの朝食を食べ1時間前に大きめのカステラとザバスピットインを補給。これだけで最後まで持つと考えてしまったのはレース経験の少なさだと後で思い知らされる。
50分前にビニールを被って並ぶが、前日の強い風もやみ思ったほど冷えずに待つことができた、というよりむしろ暑さを感じていた。ちなみにこの時の気温は9度だった。予想よりも数度高かったのだ。
そしていよいよ待ちに待ったスタート、ラインまでは一分ほどで到達。最初の一キロは軽く渋滞するがパシフィコの前辺りでほぐれる。
今回の目標は25キロまでキロ4:50を維持すること。あとは何とかなると思っていた。
レンガ倉庫から県庁へと進み、僅かだが走ると分かるアップダウン、繰り返し折れ曲がる直角のコースでもペースを維持。山下公園を出るあたりでついついテンションが上がりスピードが出てしまうが本牧辺りでペースを戻し首都高の下へ。
ここで予想外の事が起こる。GPSが狂ってしまったのだ。キロ1:30から7:00まで動くペースに翻弄され電波が入る位置を探しにコース右往左往してしまった。素人ランナーにはペーサーなしで同じピッチを刻むなんて出来ないのだ。こればかりはセンスだ。
やっと根岸あたりで首都高と別れペースを落ち着ける。ここからは応援の方が多く神奈川マラソンと同じコースを通り南部市場まで安定してペースを刻んで走った。ここまでは想定通り、疲れも痛みもなくひたすらピッチを刻むことに集中した。
しかし南部市場の折り返しを曲がった直後にチームのメンバー二人とすれ違い焦りが出てしまった。
25キロまでは絶対ペースを上げないと決めていたのに今のままなら4:45でも十分行ける、こんだけ調子がいいんだからと思ってしまった。
そして杉田あたり首都高へ。普段走ることの出来ないコースからの景色とボランティアの方々から熱い応援を頂いたお陰で気持ちよく走り続けた。話に聞いていた傾斜も風も気にならず景色を楽しむ余裕もあったがペースを崩したくなくエイドの給食に一切手を付けず25キロへ。
この辺りで突如激しい空腹が襲ってきた。前兆も予感もなく最大級の飢えに慌ててザバスを補給。それでもまだ大丈夫とペースを4:40へ。調子がいい時の自信は一体どこから湧いてくるのだろうか。
30キロ前後でサブ3.5のペーサーと集団を追い越し、その先を走るチームのメンバーに3時間20分狙います、と宣言してまだ快調に飛ばす。
この辺りのエイドで食べられる物を探すが頭の中で”食べる物=パン”となっていてチョコも飴も目に入らなかった。激しい思い込みに捕らわれ、パン以外が目に入らなくなっていたのだ。
それでも足に異常はなく疲れも感じず、首都高の出口を軽快に駆け下りていった所でチームの旗を発見。元気が出て4:20まで上げてしまう。
しかし空腹は耐え難くアメリカンバイクが並ぶエイドでやっとレーズンを数粒つまむ。この折り返しポイントでも知ってる顔を見て元気をもらい35キロへ。
ここで20分切りをするには4:15で刻まないと不可能と分かり一気にペースアップを試みた。ここでこの日最速ラップの4:17を出した。
だが最後まで保つ余力は残っておらず給水ポイントがあるクランクカーブを曲がった瞬間に急ブレーキ、本牧ふ頭の橋を超えるのがやっとという有様になってしまった。この橋、Google streetで見るとそこそこ高さはあるように見えるけど高速の上りに比べたら微々たるもの。
刺激を入れるためエイドで塩タブレットを取るが袋を破ることが出来ず、歯で喰いちぎろうと試みるも開けられず。結局山下公園まで延々と格闘しました。手がかじかんでいたのか、ただ力が入らなかったのか。
一人で試走した時に山下公園へたどり着いた瞬間すごい高揚感が得られたが、今回はあの道がまるで先が霞んで見えない滑走路のように思え絶望的な気持ちになる。前を走っていた女性ランナーに着いていこうとするが、沿道からの”女子頑張れ!”の声に彼女はスパートをかけあっという間に契られる。あのスパートがかけられるのは相当強いランナーだなと自分の不甲斐なさに気持ちが滅入る。
そして3時間20分が不可能になったこと、他のランナーから次々に抜かれたことで目標はゴールすることに変えてしまった。
税関のカーブを曲がったあたりでやっと帰ってきたことを実感する。万葉倶楽部の先の橋も勾配があるが、体が一気に軽くなり最後だけ本気のダッシュでゴール。
走り終わってから足が殆ど疲れていないことに気が付く。あのブレーキはいったい何だったんだろう、と考えていると少し先で花冠を載せて華麗に写真を撮ってもらっているチームのメンバーを発見、ほっとしてお喋りをしレースの終わりを感じることが出来ました。

走りに関しては練習と経験次第だと思うが、3時間半近く走るには栄養をどのようなタイミングで取るか、が大事だと学びました。疲れてくると判断能力が鈍るのでどこで何を取るかをしっかり決めて挑むのが大事ではないかと思っています。他にも色々書きたいですがまた別の機会に

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