TITLE

はじめに


まえがき


 隣のマンションからの反射で部屋の中が一段と明るくなった午後のひと時、 永年温めていた夢を叶えようと、はやる気持ちを抑えながら天井の一点を凝視 している自分がいた。その視点の向うにはゴールを目指してひたすら苦痛に耐えている顔が延々と続き、その中に300回目のゴールを目前にした自分がいた。手元に残っている完走証はどれを見ても瞬時にそのレースの情景が昨日のことのように想い起こされるのが不思議である。短距離からウルトラ・マラソンまで、気が付けば60年の時間が過ぎていた。走り終わった後のあの充実感の積み重ねが自分を60年走らせた原動力そのものであった。

 80歳目前、流石に走り疲れた。然らば、レースを卒業して気ままな一人旅をしよう・・・とザックを背負っての走り旅を始めて、予ねてから思い描いていたルートをほぼ走り終えた。心残りは俳聖松尾芭蕉の「奥の細道」を辿っての3ステージ目、福島県・白河から先が昨年の東北大震災で被災し、「辿る旅」が 続行不能となったことである。何時の日かその先を踏みたいと願っている。

 短距離は一瞬に終わるのに比べ、ウルトラ・ランは夜明けから日没まで、 ひたすら今宵の宿まで走り続けると言う苦行が連日続く。この間中、自分の目線と自分の走る速さの世界に埋没し、喧騒な世の中から束の間の逃避を図っている自分を発見する「至福の時」である。

 かくして、日本中に足跡を記したランニング道中を写真と地図と記憶を基に 「道中記」としてその都度書き残してきたものが相当量貯まった。時折読み返して昔を懐かしんでいたものから、これらをこのまま消してしまうのが惜しい と思うようになり、不遜にも文集に纏められないか・・・と思ったのが事の 発端である。この拙文を読んで“ 我が意を得たり ”と思って頂ける人が 一人いてくれたら十分幸せである。


2012.2. 山本 卓

TOP


HOME