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【サロマ湖100キロに挑む  1999~2008年】


SAROMA


その5 オホーツクの潮風を受けて


SAROMA


初参加3名を含む走友10名が全員時間内完走と言う快挙となった今年のサロマ。 若手ランナーの加入で目を見張る活躍を各所に見せている最近の走友会の中にあって、その意地を北の大地に沁み込ませたベテラン・ランナー達の会心の走りも、 我が走友会の円熟した黄金時代を飾るにふさわしい歴史の一ページであった。
今年は第20回の記念大会として国際陸連後援によるワールドカップ大会となり 世界各国から100名以上のウルトラ・ランナーが参加した。

6月25日9:45am 鹿児島からの堤君を最後に全員羽田空港に集結、JAL,AirDoに分かれ一路北を目指して飛び立った。 北海道の気温は東京よりも高くて30度位。 明日は暑さとの戦いになりそう。旭川空港で先着した藤岡君と合流、レンタカー2台を調達、さらに明日の車のサポートをしてもらう宮崎さんのお嬢さんと彼氏の車、計3台で旭川駅え向う。駅では札幌からの松山さんと天野さん を拾って計13名の誇り高きランナーたちが一路会場の湧別町を目指す。  大雪山系は残雪が多い。澄み切った青空に緑と残雪のコントラストが絶景を描き出している。石狩川に沿って北上、見慣れた風景の中を快走、午後4時半湧別に到着。
SAROMA 今夜の食事を確保するため、受付は後回し。一路前夜祭会場に向う。既に大勢の参加者でごった返している。その中の一角にベースを確保して美味そうな料理を集め、先ずは明日の健闘を期して乾杯! 壇上では今年新たにサロマンブルーになった36名の誇り高きランナー達が紹介されていた。その中におなじみの夜久 弘さんもいた。みんな羨望の眼差しで見つめる。 あれこれ飲んで食べて、さあ 受付へ。 ゼッケン番号は3386、いつかの青梅では 3396で 散々苦労する と読まれて、本当に苦しかったのを思い出す。明日は何とかあまり苦労せずに走れますように・・・

SAROMA 今年の宿は 常呂町の旧吉野小学校を改造した 常呂昆虫の家。 さてどんな所か 夕闇が迫ってきた湖畔の道を急ぐ。浜サロマからの道が通行止めであることが判って 急ぎ常呂町経由に切り替える。予定よりも遥かに遠くなった。明日の朝は何時に出ればいいの? 夜8時無事宿舎着。管理人から諸注意を受け、何はともあれ寝る準備。部屋は意外と綺麗、よく整頓されていて気持ちがいい。風呂は屋外の五右衛門風呂。なかなか豪快。 少し落ち着いたところで全体ミーテング。明日の予定、配置などを確認。明朝2時15分出発とする。 みんな緊張の色が濃くなった。いよいよ決戦の時が来た。黙々とゼッケンやチップをつけ全てを確認して早々にフトンに潜る。 既に10時近い、眠ろうと焦ればなお眠れない。結局 ほとんど眠れずに1時 起床。 どの顔も100kに挑む不安と緊張を滲ませて黙々と準備をしている。


SAROMA


夜半に降ったらしい雨も霧雨程度に上がっている。このまま曇り霧雨ぐらいが走るには丁度いいのだが・・・。 出発を前にみんな黙々と準備をし、黙々と食べている。 2時15分車2台に分乗して100k先のスタート地点にを目指す。夜明けが近づくに従い雨雲が薄れて快晴を思わせる透明な空に変わってきた。サロマ湖に朝日が映えて絶景。 矢張り快晴か! 暑さとの戦いになりそう。
SAROMA 4時 湧別町スタート地点に到着。初参加組もいささか緊張気味。 体育館の一角で 最後の確認。興津さんは相変わらず猛然と食べている。 今回は国際大会だけあって、世界各国から大勢のランナーが来ている。目立つのは フランス、アメリカ、ノルウエー、スイス、・・・みんな速そう! 台湾は一般参加らしい。 すっかり明るくなった芝生で記念撮影。 スタート地点で名古屋の井上さんにばったり。彼とは最初のサロマで彼が3位、自分が4位(70歳代)、それ以来の走友である。 山崎さんに二人の写真を撮ってもらい、いよいよスタート。

仲間の背中を探しながらの体調チェックラン。仲間はいつの間にか誰もいなくなってしまった。キロ6のペースだけれど体が重くてピリッとした走りが出来ない。竜宮台折り返し点で海宝さんに応援される。
間もなく宮崎さんが追いついて来て二人旅が始まる。 何時ものように20kを過ぎて彼女のトイレ探しが始まる。矢張り長距離ランは精神的な緊張感が胃腸の活動に微妙に影響して代謝機能が狂ってしまうようだ。 トイレのたびに遅れるのを快調な走りで直ぐに追いつき、さらに引き離していく。50kまでこの繰り返しで何度追いつかれ追い越されたか。
SAROMA 30k付近で井上さんに追いつかれた。  この付近までは本当に体が重く完走はおろか、緑館まで持つかどうか?の走り。 ところが井上さんとお喋りしながら併走した後は意外にも走りが軽くなって、ようやく 本来の自分の走りになった。
30k タイム:3時間02分02秒 井上さんは快調に先を急ぐ。追えば潰れるので自重。 40kで湖畔に出る。
40k タイム:4時間07分33秒 やがて、フルの距離を示す42.195k タイム:4時間21分17秒 去年より2分遅い。 この暑さではこんなものか。 エイドごとに帽子に氷を入れて被る。解けた水がアット言う間に乾いてしまう。 しかしこの氷作戦は正解だった。 湖畔から国道に出て一路緑館を目指す。緩やかな丘陵地帯が続く。見慣れた風景だ。この緩やかな登りがきりきりと体力を搾り取る。湖岸から見えたレンガ色の緑館がなかなか現れない。 50kを過ぎてスピードが落ちてきた。
50k タイム:5時間21分32秒 数え切れない程抜かれて坂を上りきりようやく緑館、山崎さんが待っていてくれた。飲み物や食べ物いろいろ面倒を見てもらい感謝。 疲れだけで何処にも異常がない。ハンカチだけを取り替えて直ぐ出発。 しまった・・! 此処で予定していた 稔さんからの塩のタブレットと橋本さんからの蜂蜜を補給するのを忘れてしまった!この暑さの後半、 塩も蜂蜜も一番必要な要素のはず。 途中の給水所で補給しよう。  緑館を出て登りの途中が55k地点。登りきった所がコースの最高地点、サロマ湖の対岸に細長くワッカの砂丘が靄に霞んでみえる。 あそこまで行くのか~! 絶望的な距離に見える。後3時間後に自分があそこに居るなんて信じられない思い。
SAROMA 60k タイム:6時間48分03秒 この10kは1・08・05に落ちた。 コースは再び国道を離れて湖岸の道。65k付近で宮崎さんが道端にしゃがみ込んで吐いていた。 給水所が近かったので高校生が水を持って 飛んで来てくれた。 飲み物、食べ物を全く受け付けないのは辛いだろう。それでも、やがて気力を振り絞ってスタート。 速い! あっという間に引き離されて65kの木陰の道では遥か先に行くのを見たのがゴールで30分の差を生んだ走りだった。
やがて70k タイム:8時間17分55秒。  次いで72kの旧東急ホテルの補給地。 山崎さんは先を急いだのか誰もいない。此処で冷たいお汁粉とそーめんを補給。帽子に氷を入れて出発。緑館からの20kはキロ8~9分のどん底ランになってしまった。さほど速いとも思えないランナーにどんどん追い抜かれる。と言うことは自分は彼らよりも遅いと言うことか・・・。 自分の走りがすっかり守りのランになっている。守るにしては残り30キロは長すぎる。とは言え、攻めの力が残っているはずもない。自問自答の挙句も攻めへの切り替えに挑戦さえもせずとぼとぼ走りが続く。 70から80kはコース中一番苦しさを感ずる地点だ。ワッカに入れば又気分が変わるだろう。 その時、白馬の騎士!巨人軍団の西野さんが追いついてきて、ようやく我に帰った。彼は相変わらず靴を引きずるばたばた走り。あれこれ話しながらの道中が始まった。気が付いたら、かなりのハイペースだが全く負担を感じない楽々ペースの自分がいた。 何故この距離でこんなに楽に走れるの?  サロマ4回目にして初めての衝撃的な体験。これまでのとぼとぼ走りは何だったの!?

突然、西野さんが “卓さんビール飲んで行かない!?” まさかと思いきや、軍団は80k手前にビール補給基地を設置しており、サポーターのお嬢さんが大きなクーラーの番をしていた。 この暑さ、喉はカラカラ、文字通り喉から手が出るほど魅力的な誘い! でも卓さん、ここは “忍の一字、我慢の子“であった。 後ろ髪を引かれる思いで西野さんと別れてワッカへの入り口を目指す。 西野さんと併走した約7kはなんとキロ6分17秒で走っていた。再び一人旅が始まった時、後のランナーが “いいペースメーカーだったのに・・・”と残念がっていた。知らずのうちに二人のお喋りランが大勢のランナー引張っていたらしい。

SAROMA
やがてワッカ原生花園の分岐点、国道とはしばらくのお別れ。 その角でワッカを走り終えてきた吉田君と行き違う。彼は後2キロ、自分は後20キロ。気を引き締めて砂丘に取り付く。 先ほどの走りで体はすっかり目覚めてきた。されど20キロ、貯金は3時間ある。よほどのことがなければ完走できるだろうと思いながらも、確実に走りきるためにこの10キロは自重しよう。

80k タイム:9時間34分36秒 再びペースを落として小さく起伏する細い一本道をゴールを背にして最後の折り返し点を目指す。行きかうランナーもこの地点では流石に疲労の色をにじませている。85キロ地点あたりから走友とすれ違う。稔さん、 橋本さん、宮崎さん、二宮さん、途中あれほど苦しんでいた宮崎さんが体調を取り戻してこんな先まで来ていたんだ・・・、凄い頑張りに敬意。  仲間がみんなゴールへ向かって最後の汗を流している頃、自分はまだゴールを背にして砂丘の彼方に沈む夕陽を見ながら岬の奥の折り返しを目指して走り続けているのはサロマ100キロの幻影に追い立てられて最後の責めを受けている思いがする。 右にはオホーツクの真っ青な海が開け、真っ白な波頭が岸に打ち付けている。 エゾスカシユリのオレンジの花、名の知らぬ紫の花が初夏を迎えた北辺の砂丘に咲いてランナー達を癒している。 4度目にして初めて原生花園を見る余裕があった。 ようやく小さな橋を渡って折り返し点。折り返して2キロ、最後のキーポイント90キロ関門。
90k タイム:11時間06分38秒 貯金は2時間。 さあ 最後の10キロ、全力を使い切って攻めよう! 最後の補給をして夕暮れの迫った砂丘の道を追い立てられるように走り出す。80キロの関門で足切りされたのか、折り返し点に向かうランナーが急に少なくなった。 すれ違うランナーがいないのは自分が最終走者と思わせる脅迫感を背中に感ずる。先を行くランナーも貯金時間を知ってかほとんどが歩いている。折り返して右手になったサロマ湖が夕日を受けてオレンジ色に輝いて美しい。静かになった砂丘の道をひたすらゴールを目指す。 攻めの意識が持久力を引き出すのか走りが軽い。
 やがて前方を快調なペースで走る4人組に追いつく。 周りの歩いているランナーを避けるように軽快な走りの後に張り付く。真後ろからの夕陽が長い影を4人の前に描き出している。5人目の影が現れても誰も振り向かない。 軽快な若者に併走している自分が信じられない。こんな力が何処に隠されていたんだろう。
 95キロ、集団のペースが落ち着いてきた。集団の最後に居たため、まだ余力を残していた自分が一気に先頭に出てしまった。残り5キロ、この1年をサロマのこの最後の5キロにかけてきた思いが最後の力を搾り出してくれる。 快調な走り! ワッカノ森を抜け出す頃には後に付いていた4人組の足音は聞こえなくなっていた。 72歳が100キロ目前に若者の集団を引き離す走り。 このエネルギーの根源は何なんだろ! 単なる練習だけの結果ではない何か不思議な力に後押しされていたのだろうか? 4人組を完全に引き離してワッカの20キロから再び国道に戻った。

SAROMA あと2キロ、此処からはVictory Run、此処で名古屋の走友 井上さんに会う。 彼は初参加以来のサロマ友達。 “一緒にゴールしよう!” と誘われたが、今年は 自分のゴール写真を山崎さんに撮ってもらいたかったのでその申し入れを断って 彼に先にゴールしてもらった。 Victory Road に入ってあと1キロ、此処で又もや 二宮さんに会う。 なんで今頃ここに居るの? 一緒にゴールするつもりだったが 彼は13時間直前にゴールしたかったらしく誘いに乗ってこない。 とはいえ、13時間までまだ30分もある。所詮、そりゃ無理だよ! と納得させて初参加の彼を先にゴールさせようとしたが遠慮して先に出ない。あれこれ譲り合ってる間にゴール前の最後のコーナー、此処で年寄りに花を持たせてくれて自分が先に
ゴール 時間12:27:10 彼は12:27:14で初完走。 それにしても、ゴール目前で先着を譲り合う光景、矢張りサロマにはロマンがある。
SAROMA 堤君がゴールしてから既に4時間を過ぎている。みんな待ちくたびれながらも自分と二宮さんのゴールを待っていてくれた。 3個目の完走メダルを胸に皆と握手。

SAROMA


苦しい中にも、後半の走りに信じ難い持久力を確認したことが今年の最大の収穫であった。この持久力を来年につなげるために又ひたすらロングランに挑戦することが課題となった。100キロを走った快挙は一生懸命生きた自分に与えられた努力賞として一人一人の胸のなかに秘められて生涯の財産となるであろう。

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スプリットとラップタイム(ネット)
10Km 20Km 30Km 40Km 50Km 60Km 70Km 80Km 90Km 100Km
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2005.6.26   
横浜中央走友会 山本 卓


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