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【サロマ湖100キロに挑む  1999~2008年】


SAROMA


その8 サロマ憂愁


SAROMA


このレースを年間の最大目標にして、1年間なけなしの知恵を絞って持久力と気力を高めて迎えた今年のサロマは、いつもの顔ぶれに新鋭の小沢君を加え、遠く福岡からの宮崎さん、同僚の吉田さんに札幌の水野さんの総勢9名、元気に旭川空港にて合流、車2台に分乗して正午一路湧別町を目指して出発。天気うす曇、気温23度。通い慣れた?田園地帯と原生林に覆われた山越えの後、午後4時現地着。なぜか今年はいつもより1時間ぐらい早く着いた。小沢君のdriving techniqueかな?お陰で、心配した前夜祭にも間に合って一同明日の今頃は・・・と思わず緊張の色を見せながらも、あれこれのご馳走を今夜の夕食に代えて一生懸命詰め込んでいた。宿泊は定宿の 常呂少年自然の家 。
明朝2時起床、3時出発、5時スタートでの予想気温7度、日中最高気温20度、皆何を着て走るか思案のしどころ。 あれこれ 考えながらも9時には皆ベッドにも潜り込んでいた。

なぜか全く寝付けず、12時の時報を聞いて些か焦ってしまう。原因は、どうやらパーティーでのビールが少なかったためだろう!と推測。 アルコールには少量なら神経を鋭敏にする作用があり、それを過ぎると酔いの状態で神経が鈍り、眠ってしまう、と言う説を図らずも我が身で人体実験する羽目になった。
ということで、うとうとしているうちに誰かがガサガサと動き出して起床時間を知る。北国の夜明けは早い。晴れの日の2時はもう空が白んでいるが、今年は真っ暗。皆、夫々意を固めて黙々と準備している。 3時出発、目の前のサロマ湖は未だ夜の闇の中。 晴れた日には湖岸で素晴らしい日の出を迎えるのに、今年は陰鬱な灰色に覆われたまま。
でも会場は流石に熱気に埋もれていて、嫌でもその気にさせられてしまう雰囲気。


SAROMA


SAROMA 5時 いよいよスタート。今年の参加者は3300人、 眠気から覚めきっていない体は いつものようにのろのろと走り始めた。 久しぶりに宮崎さんとおしゃべりをしながらの 10キロ、タイム57分、早すぎる! 宮崎さんの11時間切りのペースに載せられている。 でも案外楽に走れているのでこのペースを維持することにした。15キロ付近、 竜宮台を折り返したトップ集団とすれ違う。ややあって、なんと我が細江君が先頭から10番前後で走り去って行った。びっくり!。 その僅か後 小沢君が快調な一人旅を して行った。海宝さんの声援を受けて竜宮台を折り返す。未だペースは落ちず、キロ 6分を切っている。やがて20キロ、この10キロ 58分。落とさなければ潰れる!と思いながらも、未だ宮崎さんのペースに嵌ったままの走り。あまり苦痛がなかったのが 落とし穴であった。 20キロを過ぎたあたりでふと気がつくと左のハムストリングに これまで感じたことのない違和感を感じるようになった。

暫く様子を見ながらのランであったが、用心のため宮崎さんを先行させて全神経を集中して様子を見る。 広大な牧場を風景を楽しむことも出来ず、ひたすら神経を集中させてのランを試みる。違和感がはっきりした痛みに代わってじわじわその位置を上に上げ、ついに臀筋とその上の腰椎付近に至った不思議な痛みで、これまで経験したことのない異常事態であった。頭の中では、走りきるべきか、知床ランに備えるべきかの葛藤が続く。スピードを落とせば何とか完走は出来るだろうとは思いつつ、その結果の我が身を考えると悲惨な姿が浮かんでくるばかり。

よ~し 止めよう! 25キロ付近であった。 悔しさと安堵感の入り混じった複雑な気持ちであった。 25キロのstation 、係員にリタイアの申し入れをしたが、びっくりした様子。 当然だよね、100キロ完走を目指す屈強なランナーが20キロでリタイアするはずがない! と言う設定のためか、“ 収容車は40キロ以降にしか無いので、 其処まで行ってください!” との非情なお言葉。 仕方なしに、とぼとぼ走っての40キロまでは長かった~!。
広大な牧場地帯を抜けて、これから待望の丘陵地帯に入る37キロ付近で追いかけてきた伴さん夫妻に会う。 彼が持っていたサロメチールをたっぷり塗ってもらい先行してもらった。 すると僅かその先で、走路監視員が待っていてくれて、“ランナーの方から事情を聞いたので、私の車で収容車まで送ります” との事。 伴さん ありがとうございました!

収容者の中、皆 無念と言う衣を被った僧侶のように押し黙って焦点の合わない虚ろな目で走り去るランナーの背中を追っていた。 自分もこの中の一人なのだと思うと 伴さんに貰ったサロメチールのしみこんだ手で汗をぬぐって、目に触れてその痛さに 倍加した悔し涙がドットあふれ出る思いがした。 緑館を目指して懸命に登るランナーの後姿は、収容車の窓から見るにはあまりにも過酷な情景であった。 サロマを目指すものはあの坂を上りきることで我が身の偉大さを知るのではないだろうか。 その後姿は修行僧のように確固たる信念の化身のように見えた。 バスは無情にも我が身を常呂町のゴールに下ろしてしまった。 悔しい しかし何故か知床ランへの切符を手にしたことの安心感も味わっていた。

SAROMA SAROMA やがて、トップランナーがゴールして、これから始まる6時までのゴールシーンに感動の瞬間を迎える。 我が細江、小沢君が素晴らしいタイムと順位で初サロマを走りきった。 石井さんも素晴らしい走りで会心のゴールの笑顔だった。 宮崎さんは今年も sub-11、稔さんも後1分でsub-11、惜しかった~。 藤岡、二宮の常連も去年を大幅に上回っての会心のレース。 伴妻さんは伴夫にサポートされてついに念願のワッカを走り抜けて、氷雨の中会心のゴールを果たした。   みんな おめでとう!!

100キロを走りぬいたあのゴールの笑顔にサロマの持つ底知れぬロマンを感じた今年のサロマだった。
さあ! 明日からの知床ラン240キロ、 未知への挑戦が楽しみだ。


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SAROMA
2007.6.24   
横浜中央走友会 山本 卓


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