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【本州横断】  新潟 ~ 東京 352Km 2006~2008年


ECHIGO

第2ステージ  早春の三国峠を越えて


期日:2007.5.3~4
走区:越後湯沢~高崎
距離:110Km
走友:吉富秀子



’06.5月念願の日本縦断走を無事終えて 祭りの後 の空虚な思いを味わいながらも、未だ遣り残している多くの夢を拾い出している自分がいた。
ECHIGO 今の体力と気力で頑張ればやり遂げられそうな夢に絞って日本縦断の対極にある日本横断が意識の中に固まってきたのは昨年の暑い夏の頃だった。ルートはかねてから考えていた新潟~東京340k、第1ステージ 新潟~越後湯沢140キロ。季節は寒くなる前の9月の2泊3日。
初めて体験する連日のLong Runが体力と気力にどのような形で現れるのかが最高の焦点であった。終わってみれば、予想を遥かに超える快適な時間であった。“案ずるより生むが易し” 一人旅の気安さと緊張感が心地いい充実感を満たしてくれた。 新しい発見と数々の感動と清々しい出会いに恵まれて9月18日予定通り越後湯沢駅にゴール。 寄しくも敬老の日だった。

さて、第2ステージ。越後湯沢~高崎間100キロ、1泊2日。ルートは初日、国道17号線に沿って、みつまたスキー場、掛湯温泉、苗場スキー場、三国峠、猿ヶ京温泉を経て湯宿温泉泊。2日目は山を下って沼田、渋川、前橋を経て目的地高崎がゴール。
去年のあの会心の一人旅、一人でさえあんなに楽しいんだから仲間が居たらもっと楽しいだろう、さて 誰を道連れにするか・・・折角の長旅だからサロマ対策を餌に 二宮(父)、山本稔さん、吉富さんに声をかけたらあっさりOK。最高のメンバーが揃ってGWに決行と決めた。 さあ、ルート調査、不運にも、このルート近辺は主だった観光地もなく情報量が意外に少ない。あれこれ思いを馳せている中、突然稔さんが足の故障でサロマの本番も難しい・・・と言う赤信号で敢無く戦線離脱。旬日を経ず今度は二宮さんが走友橋本さんに口説かれて、あっさり “さくら道260キロ” に敵前逃亡!
参ったな~!!
吉富さんは それでも平気 と準備の進み具合を楽しみにしてくれたのは嬉しかった。



【5月3日】
ECHIGO 6:30am 東京発新幹線で出発、8:15am 越後湯沢着。 快晴、気温17,8度。絶好のラン日和。
スキーシーズンのあの雑踏が嘘のような静かな駅であった。GWの真っ只中なのに客待ちのタクシーが暇そう。 駅で水と食料を買いこんで準備完了。
8:45am スタート。
今日のコースはスタート直後、みつまた高原まで約7キロの登りが続き、後は勾配の緩い登りが三国峠まで約18キロ続く格好のマラニックコースである。峠の向こうは今日のゴールである湯宿温泉までの下り20キロ。国道までゆっくりのwarming up run。神経を集中して体調のチェック。 吉富さんもようやく訪れた念願のcountry runに水を得た魚のごとく嬉々として走っている。 穏やかな春の陽を一杯に受けてようやく緑を濃くしてきた山道に入る。この先、芝原峠まではじぐざぐの登りが続く。 車で感じる勾配とは違って、あまり気にならない程度の坂なのが嬉しい。湯沢の街が大分低くなった頃、同じ道を朝の散歩をしている男性2人組みに会う。 挨拶をして通り過ぎるつもりが、つい話が繋がって一緒に歩くことになった。千葉の人、ここにsecond houseを持っていて時折山歩きに来るとか。 ランナーでこれまでフルマラソンを何度か走ったそう。
大自然の中では皆気持ちがおおらかになって、まるで初対面とは思えない和やかな話が続く。やがて、芝原トンネルが見えた。 彼は、トンネルは危険だから山越えの道を案内する・・・と言うことで、トンネルの脇から峠越えの旧道にはいる。
新緑に覆われた峠道は今登ってきたつずれ折の道を見下ろしながらまだ暫く続く。日差しが柔らかくてなんとも気持ちがいい。
ECHIGOやがて芝原峠(680m)の頂上に出る。
彼とは頂上で別れて、いよいよ二人旅がはじまる。 遥か下に見える小さな集落を目指して山道を下る。峠越えのジグザグ歩きで方向感覚が狂い、17号線の方向が判らなくなってしまった。下りきった集落はトンネルの出口よりかなり低いところにあるためか、17号線を通る車の音も聞えない。道を確認したくても連休のためか、人通りが全くない。太陽の位置と右手奥に見える苗場山の位置から進む方向は間違えないと思いながら、この先何処で17号に合流できるかが知りたい。 ようやく見つけた車のご夫婦に道を確認、間もなく17号線に復帰した。堂々とした国道の力強さと、ひなびた集落の中の里道、やっぱり里道が好きだ。小さな峠越えのつもりが思わぬ難行になって二人旅の心強さを味わった。
合流した17号線は流石に連休の車がその数を増やしていた。合流地点はみつまたスキー場の拠点で、2,3年前吉田君、みどりちゃん、麗子さん、岩坂さんとスキーに来たところで懐かしい。山には未だかなりの雪が残っていて、奥地へ続くゴンドラはまだ稼動中であった。新緑に包まれた五月晴れの中、スキーやボードを手にした大勢の若者に混じってランパン姿のランナーはかなり異様な光景だった。
ECHIGOこの街道筋に、その節お世話になった“街道の湯” が連休の客を集めて大忙し風であった。 スキーの帰り、一風呂浴びたこのお風呂屋での 「大きな外人と小さな番台のおばあちゃん」の国際的なロマンスについて、“ 雪国からの土産話”で HPに載せて頂いたのを思い出した。
スキーヤーとランナーが混在する奇妙な光景から再びランに戻って緩やかな登りを走る。
このあたりから苗場スキー場まではほぼ直線の上り道。登るに従い芽生えたばかりのJuniorを黒々とした杉の木立がSeniorの貫禄で見守っているような光景だった。この登りの途中で、“熊よけの鈴”のテストをしてみた。 6月末予定している北海道横断ランで熊との遭遇を避けるため、友人が安全を願ってミャンマーの寺院で買ってきてくれた鈴がどのような音を響かせてくれるのか? を確認するためであった。
大きな玉子ほどの大きさながら、どっしりと重いのでその音色は透き通った鋭い響きを持っていた。この鈴が何メートルぐらいの距離まで聞えるか・・・吉富さんのザックに吊り下げて前方を走ってもらった。キリーン、キリーンと鋭い音を響かせていた音色も僅か20mぐらいで聞えなくなった。 走る揺れ程度ではこんなものかな~と思いつつも、これで大丈夫かな~・・・と少々心配になる。 やっぱり、ホイッスルも要るな~。
ECHIGO今回のLong Runは北海道対策の情報集めでもあるので、一つひとつが貴重な情報になるのが有り難い。 のどかな春の山道ランのなんと楽しいことか。吉富さんもその楽しさにドップリ浸かって満足そうであった。やがて二居トンネル。 新潟の大澤さんからの情報で、トンネル内は歩道が狭く、照明が暗く、換気が悪い・・との事だったので防塵マスク、ヘッドランプ、懐中電灯、軍手で万全の体制。 明るい外の世界になれた目にはトンネル内は真っ暗。 しかも歩道が僅か50cmぐらいの幅しかない。その直ぐ横を車が猛スピードで走り去る・・・と言う極めて危険な状態。吉富さんにヘッドランプをつけて先頭に、自分が懐中電灯で足元を照らしながら続く。左手で壁を探りながら何とか歩道の白線を踏み外さないように細心の注意で進む。
2000m近いトンネルをようやく抜けて又春の日差しの中に戻った。 長かった~! 吉富さんも長が~い緊張感から解放されて無事を喜び合った。
さあ、三国峠まであと10キロ、トンネルを越えたら一段と高度を感じる。苗場山が直ぐ右手になだらかは山容を見せている。山頂付近はまだ幾筋もの残雪が張り付いていた。この付近ではまだ春が始まったばかり、遅咲きの桜も見える。Tシャッツ、ランパンが正解。のどかな三国街道である。やがて、前方に苗場スキー場のプリンスホテルが緑の中に真っ白な姿を見せた。冬、真っ白な雪の中に見る真っ白なプリンスも清楚で素敵だが、新緑に囲まれての姿も負けずに素晴らしい。冬場の喧騒から解放されて、しばしの安息を楽しんでいた。
苗場は道の両側にぎっしり建物が建ち、まるで西部劇の町みたいになっていたのは残念だった。 昔、プリンスホテルしかなかった頃が懐かしい。
ECHIGOさあ、間もなく頂上の三国峠だ。標高1100m。この下を貫いている三国トンネルを抜けると群馬県である。入り口にバイクツーリングの若者が10名ぐらい小休止をしていた。我々もついでに小休止。 スタートしてから約25キロ、あまり疲れを感じないうちに頂上に着いた。吉富さんも余裕の笑顔。全長1218m、再び、トンネル装備で挑戦。二居トンネルより歩道も広く、照明も明るく走りやすかった。 暗闇から抜けると眼下は群馬県だった。時刻は丁度12:30pm、これからは、ひたすら下り。 昔、車で走った時はこの下りは目のくらむような勾配だったのが思い出される。その下り坂は走る足にはどのように感じるのであろうか。もう登らなくてもいい・・・、なんと心地いい響きなんだろう。
無事に峠越えを終えた足は何処にも損傷がなく、吉富さんも至極快調に登りきった。さあ、残り20キロ、ゆっくり行こう。 道はつずれ折りの急勾配、気持ちよく走る。右手の谷底奥に法師温泉への道がみえる。 これからの道筋にはひなびた温泉場が多いこともあり、車が俄然おおくなった。道は狭く急カーブが多いので歩道を外れないように注意して走る。
ECHIGO峠越えの旧街道の面影が残る小さな集落が続いて峠の向こうとは様相が一変した。
道端でおばあさんが裏山から採ってきた山菜を売っていた。新鮮な、丸々したウドが一かご500円。 のどから手が出るほど欲しかったけど、荷物になるし、まだ明日1日走らなければならない身の不運を嘆きながら諦めた。やがて猿ヶ京温泉、赤谷湖は午後の日影の中に静まりかえっていた。 遅咲きの桜が満開だった。 猿ヶ京温泉と赤谷湖周辺が見事に開発されて一大温泉郷になっていたのは驚きだった。 昔、子供をつれての正月スキーの際、必ず立ち寄った湖畔の大きなService Stationもその位置さえ判らなくなっていたのは寂しかった。
ECHIGOさあ、今日のゴールまで後2,3キロ。 17:00pm 湯宿温泉ゴール。
快晴の三国街道、45キロラン。春の太陽を一杯に受けての峠越えと、夕陽が周りの山の頂上を赤く染めての下り。 新潟~東京横断ランの最難関区間を無事に、楽しく走りきれたのは嬉しい。 吉富さんも充実した1日だっただろうか。今夜の宿は 大滝屋、 その昔の湯治客用の古びた店。GWの直前でも部屋が取れたのが納得できるような宿だった。 薄暗い湯船に浸かって、長かった一日の汗を流し、筋肉を揉みほぐして明日に備える。 何処にも故障が無いのがありがたい。
待望の夕食。流石にデラックス版とは言えないが、何はともあれ、お疲れ様 の乾杯。冷たいビールが大仕事をやり遂げたご褒美になって疲れた体の隅々まで染み渡った。 幾品もの旬の山菜が美味しくて、日本酒党の我々には何よりのご馳走。 久しぶりに、いろいろな話が出来たのも嬉しいことだった。 旧道の夜は静かだ。時折、聞えていた車の音も消えて文明から隔絶された静寂の世界になっていた。


【5月4日】
今日も快晴。 筋肉の疲れも無く、昨夜のアルコールも今日のエネルギーとしてしっかり取り込んで体調万全。 朝御飯をしっかり食べて8時出発。
ルートは、17号線を下って 沼田~渋川~前橋~高崎までの約50キロ。前橋までは 緩やかな下り道が続く。スタート地点が峠道の中腹近くだったため、かなりの勾配の道をくだる。
上毛の山々が北関東の平野部に向かって長々とつづいている。あの山の果てがゴールかな?と淡い期待をしながら朝の峠道を下る。
ECHIGO吉富さんはお色直しをして今日はオレンジ色のTシャッツ。 新緑との絶妙なコントラスト。道は利根川の上流部に沿って曲がりくねって下る。 新緑の中に岩肌を噛んで流れ下る光景は絶景だった。谷あいの奥にまだ真冬の雪を被った谷川岳が春の陽を一杯に受けて輝いている。川沿いの道は拡幅の余地も無く昔のままの姿であったが、30年前を思い出させる建物は殆んど残されていなかった。 その中でたった一軒だけまだ営業中の蕎麦屋さんがすっかり周りの風景に溶け込んだ静かな佇まいで暖簾を揺らしていた。
利根川のあわ立つ流れに沿ってジグザグに下って行く。  低地に近づくに従い朝の冷気が次第に暑さに変わり給水休みが多くなってきた。 この辺り、TV時代劇で有名になった “木枯らし紋次郎” の故郷 上州新治村(にいはりむら)、舗装された道をそのまま山道に置き換えたら劇の背景にぴったりの長閑な山里がつづく。
丁度お昼時、道の高台にお蕎麦屋さんを見つけた。この辺りは蕎麦の美味しいところ。と言うより、この辺りは寒冷地で蕎麦ぐらいしか収穫できなかったことに由来する、と案内書に書いてあった。眼下に北関東の平野が春の霞の中に沈んでいた。
ECHIGO さあ、いよいよ後半戦。いろいろ準備を済ませてスタート。
とその時、突然 SLの汽笛が聞えた。何ごとだろう!? と振り仰ぐと其処はJR上越線、おりしも懐かしいSLがもうもうと煙を吐きながら急な登りを喘ぎながら登ってきた。大急ぎでカメラを取り出した時には既に機関車の姿は見えず、名残の煙だけが長閑に漂っていた。 既に引退したSLが折りしもゴールデンウイーク,special serviceで急遽狩り出されたのだろ。久しぶりに聞く懐かしい汽笛だった。
やがて、月夜野町を経て沼田市に入る。久しぶりの大きな町。利根川を挟んで見る 残雪の谷川岳は素晴らしい眺めだった。
道はJRと利根川に沿って緩やかに下っていく。 吉富さんも体調十分、気持ちよさそうにランを楽しんでいる。 視界が少しづつ広くなって平野への兆しが見えてきた。遥かに渋川の市街が鳥瞰できる。 まだかなりの標高がある。 下りは楽しい。
大きな堰が現れて雪解け水が真っ白な泡となってごうごうと流れ下っていた。 しばし休憩、川風が涼しい。 こんな気持ちいい風はランナーしか味わえない。汗を流す者の特権。堰堤を舐めるように流れてその先で真っ白な泡になって湧きかえっている静と動の瞬間。 堰を設計した技術屋は自分の設計した堰がこんな素晴らしい光景を生むところまで考えていただろうか。 ランナーの役得を痛感した。
ECHIGO 渋川からは17号線のバイパスに入る。旧道の 狭い歩道から解放されて、新設された自転車用、 歩行者用の立派な歩道にはいる。 前橋まで10キロ、午後の日差しが大分傾いてきた。
下り一方なのであまり疲れは感じない。 吉富さんも快調そう。関東平野の北端を一路南を目指して走る。回りはすっかり家が立ち並び、山里の風情から否応なしに現代の味気ない世界に引き戻されてしまった。さあ先を急ごう。
バイパスの宿命で道は大きく迂回して前橋に向かう。 走りやすさに釣られて大きく遠回りをしてようやく前橋市内に入る。高崎方面への道標を見損なったのか、前橋からかなりの時間17号を下ってしまい、不安に駆られてスタンドで道を確認。案の定、高崎まで15キロ位ある と教えらドット疲れが出た。 時間は既に17時、予定ではゴールの時間だ。 教えられた道を西に向かう。 前橋の市内は狭いながらも歩道が自転車用と歩行者用に分離されていていたのは驚きだった。
太陽はまさに上毛の山の陰に沈もうとして空を真っ赤に染めていた。最後の気力を振り絞って夕暮れの道を走る。 吉富さんは会心の走りでぐんぐん飛ばしている。スタートしてから既に9時間走っているのに、何処にこのスタミナを隠していたのだろう。すごい!
ECHIGO ECHIGO 何故か街灯の少ない街だ。 薄暗い街中を走るのは裏寂しい。何人もの人に駅までの距離を聞いてしまう。 そのつど、疲れが積み重なる。でも、小さな一歩が確実に距離を稼いで前方遥かにやや明るいところが高崎駅だった。19時50分 ゴール! 終わった~!


新潟から走りつないできた日本横断走、最大の山場 三国峠 を無事に越えて関東に入った。初日、元気なうちに峠を越え、翌日疲れを残しながらも下り道に助けられて の思い返せば会心のランだった。一人旅を覚悟の上で始めたランが今回吉富さんが傍に居てくれたことでどれ程心強く、楽しかったことか。  吉富さんに感謝。 ありがとう。
駅で汗を拭き、さっぱりして新幹線に乗り込む。 待望のビールと珍しく吉富さんはアイスクリームで無事完走の乾杯! 冷たさが体の隅々まで沁み渡るまさに至福の時!



ECHIGO
‘07.8.31
横浜中央走友会 山本 卓


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