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【本州横断】  新潟 ~ 東京 352Km 2006~2008年


ECHIGO

第3ステージ  早春の中山道を走る


期日:2008.5.4
走区:高崎~北鴻巣
距離:52Km
走友:藤岡哲雄


’06 秋に新潟をスタートした本州横断 「越後路を走る」 も越後湯沢、高崎とつないで第3ステージ高崎~鴻巣の52キロ、いよいよ関東平野に舞台が移った。

【5月4日】
早朝の横浜は小雨、午後は雨が上がると言う天気予報を信じて 7:08am新幹線で高崎に向かう。今回は走友藤岡さんが付き合ってくれるのが頼もしい。GWの最中にしては、間違えたかな?と思うほど空席だらけの車中だった。
ECHIGO 第1、 第2ステージは稔りの越後平野と新緑の三国峠、故郷の原風景を思わせる様な癒しの世界だったが、この第3ステージは一転して緑の全くない冬枯れのような都会の道に少なからず幻滅感を抱きながらのランとなった。
ECHIGO 8:08am 高崎着。 先行していた藤岡さんと合流。彼もサロマ対策の一環としてのロングランと位置付けて付き合ってくれることになった。 予想より早く天気が回復して快晴の気配。暑くなりそうだ。GWの最中なのに人影はまばらで写真を撮ってもらうにも誰もいない。仕方がないので二人で撮りっこしてアリバイの証明にする。

8:30am 出発 国道17号に出るまで駅前の目抜き通りを走る。綺麗に整備された町並みだけれど、見慣れてきた緑がないのが寂しい。目が疲れるほどの日差しの割には湿度が低くさわやかな感じ。さあ、今日一日どんなランになるのだろう。GWのイベントだろうか、広場で花の飾り付けをしているグループがのんびり準備をしていた。程よい準備運動を経てようやく国道17号にでた。
新潟を国道8号線でスタートして途中長岡で17号になった国道がついに高崎で今日の舞台となった。関東平野の最奥から目指す東京までほとんど高低差なしの道が続く。 国道に出て間もなく 熊谷、本庄の標識が出迎えてくれて、いよいよ悪戦苦闘の始まりに緊張する。暑い日差しの中、影を探しながら走る。歩道がしっかりしているのがありがたい。
ECHIGO 子供が小さい頃、上越にスキーに行くのが恒例になっていた。その頃の17号線はすでに主要幹線であったが、まだ片側一車線の中山道だった。 その頃は道の両側はまだ昔の家並みが続いていて、狭いながらも風情のある街道筋だったが今は片側3車線の堂々たる国道に整備されて昔の面影は何処にも見られない。 ほぼ一直線の道が荒川まで続いて単調な走りが続く。  日差しは強いがやはり未だ5月、梅雨前のからっとした空気が気持ちいい。藤岡さんはサロマ向けの走りこみが順調なのか気持ちよさそうに走っている。 二人で走るとスピード感が掴みやすいので体調チェックに好都合だ。
ECHIGO やがて東京104キロ、熊谷38キロ、本庄16キロの標識。熊谷の先15キロが今日のゴール地点鴻巣。まだはるか彼方。 緑のない町並みを走るのはつらい。目指すゴールがあるからそれに近づくために走っている感じでロングラン本来の心の癒しを感ずるランでないのが残念。
やがてスタートから20キロ地点本庄市に入る。
ECHIGO暑い、気がついたら、この街道ではコンビニも自販機もめったに会えない。これだけの国道筋なので水の補給は心配なしと思って走ってきたが、2,3キロ見当たらないのは普通であることがわかった。ようやく見つけた自販機で思いっきり喉を潤し、予備のボトルを買い込む。
本庄を過ぎて17号はバイパスに分れる。 本線の左側を走っていたらバイパスはそのままY字の左に切れていくので、そのまま走り続けるととんでもない方向に行ってしまう。危うく気がついて本線に戻ったが危ないところだった。 同じ失敗を吉富さんと走った第2ステージで前橋から高崎に向かっていた時にバイパスに入ったことに気付かず、日が沈んだ道を高崎まで7,8キロ余計に走ってしまったことを思い出した。バイパスは番号が変わらないので要注意。やがて30キロ地点の深谷市にはいる。 昔、スキー場に行く時、名物の“深谷ねぎ”の畑が冬空の下でここだけが青々と広がっていたのを思い出した。
ECHIGO 今は畑の面影は全く見えず都会の家並みにすっかり飲み込まれていた。 街の境界が判らず、今どこを走っているのか次の標識に出会うまで判らない。 旅の楽しみは次の町が見えてきてやっとたどり着いた時の安堵感に在るのではないだろうか。途切れなく続く街並みは楽しみを奪ってしまうようで残念。 ようやく見つけたコンビニで昼食を買い、日陰を探して小憩。 単調な道筋に多くの信号がわずらわしい。距離の割には時間がかかっている。 ゴールまでまだ20キロぐらい。 ようやくスタート時の硬さがとれて体が動くようになった。 春の陽をいっぱいに受けて走りに戻る。所々の見通しのいいところでインターバル走を入れて惰性に埋もれている体に刺激を与えてみる。
ECHIGOやがて40キロ地点熊谷市に入る。わずか40キロなのに6時間ぐらいかかった。 ここを通らなければゴールの東京駅に着けない。ただそのステップのために今日一日のランがあると思うと何かむなしいい思いがする。縦断の時に感じた町続きの道とは何か違う。あの路はまだ見ぬその果ての情景を思い描いての夢のある道筋だったが、今日の道は全部先まで判っているため何となく消化試合の感がする。とは言え今日のゴール鴻巣まであと13キロ。さあ、もうひと頑張り。信号の度に止められることが意外に疲れを呼ぶようで遅い乍もかなり疲れてきた。 しばらくぶりのコンビニで小憩。 店番の親子と談笑。年齢の話になって矢張りびっくりさせてしまった。しっかり激励されて走りに戻る。時計は17時を回っている。流石に疲れた。

北鴻巣駅の標識を見た途端、どちらともなく “もう止めようよ!”との声。 予定は次の 鴻巣駅 だったが、まだ2,3キロ先。暑い中、単調な50キロのランは、もう2,3キロの先まで走らせる気力を削いでしまうに十分な疲れを背負わせていた。 かくして、第3ステージは17時30分北鴻巣駅で終わった。

今日も壮絶な一日だった。 駅の洗面所で汗を流してさっぱり。 車中の楽しみのビールも次の電車までの10分ぐらいが待ちきれずホームで乾杯。あわてて買い足して久し振りの高崎線鈍行電車。 一気に酔いが回った目に上州の山並みが夕日を浴びて赤々と輝いていた。

ECHIGO
横浜中央走友会 山本 卓


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