2004/8/1 秩父宮記念 第29回 富士登山駅伝 競走大会



横浜中央走友会 横浜WIND
 1区(陸上競技場〜青年の家) 二宮誠堂 0:18:37 谷 潤太 0:19:53
 2区(青年の家〜馬返し) 岩堀 朗 0:21:44 小林 歩 0:24:24
 3区(馬返し〜太郎坊) 岩原武男 0:22:29 伴 和幸 0:28:02
 4区(太郎坊〜二号八勺) 阿部拓也 0:31:55 高橋定雄 0:32:59
 5区(二合八勺〜七合五勺) 中野洋佑 1:00:04 吉田精作 1:01:41
 6区(山頂区) 森 研之 0:53:51 佐藤宣貴 0:53:33
 7区(七合五勺〜二合八勺) 中野洋佑 0:12:10 吉田精作 0:10:08
 8区(二号八勺〜太郎坊) 阿部拓也 0:07:39 高橋定雄 0:08:24
 9区(太郎坊〜馬返し) 岩原武男 0:13:34 伴 和幸 0:13:53
10区(馬返し〜青年の家) 岩堀 朗 0:13:28 小林 歩 0:15:06
11区(青年の家〜陸上競技場) 二宮誠堂 0:15:42 谷 潤太 0:15:59
総合63位 4:31:13 総合81位 4:44:22

御殿場市陸上競技場 −1・11区−
横浜中央走友会/二宮誠堂・横浜WIND/谷 潤太
サポート吉富秀子・二宮徳長・瀬川智美/小椋行夫・小椋千賀子
    −1・11区− 二宮 誠堂

富士登山駅伝お疲れ様でした。
私はひそかにみんなを驚かせるような走りをしようと思っていました。また遅れても1分であるから上で挽回してくれると信じ、いざスタートしました。最初の1kmを3分を切るペースで走りましたが、そんなにあまくありませんでした。前半の飛ばしすぎからラスト3kmから次々と抜かれ何とかたすきをつないだという感じになってしまいました。タイムは目標より41秒遅れて18分41秒と情けない結果になりました。
登りでの情けない走りを挽回する為下りでは最高の走りをしようとたすきを待っていました。約4時間後たすきが戻ってきたときは63位でのたすきリレーとなりました。たすきを渡された時には前が見えていたので前半は1つでも順位をあげようと追ったのですが、ここでも登りの時の飛ばしすぎが応え、ラスト2kmで後ろに差を縮められラスト1kmではすぐ後ろにまでつめられました。しかしここで抜かれてはみんなに合す顔がないのでなんとか踏ん張り順位を落とさずゴールすることができました。
来年は今年の反省を活かし自分の走りが出来るよう頑張りたいと思います。最後になりましたがサポーターを含め応援してくださった皆さんいろいろとありがとうございました。



   −1・11区− 谷 潤太

富士登山駅伝の選手、サポートのみなさまお疲れ様でした。私は、練習不足と大会に向けたモチベーションが維持できず、目標タイムに遠く及びませんでした。
11区で歩さんを待機していたとき、上位選手のすばらしい走りを見せつけられ、自分のいまの状況に情けなく思うほどでした。

今シーズンに向けて、今から本腰を入れて練習のスタート&衣装の準備(?)をしたいと思います。みなさん、がんばりましょー!

    陸上競技場サポート 瀬川 智美

スタート前、よく晴れた富士山をバックにした競技場では入念なアップがおこなわれていました。流しのスピードがとても速く、ダイナミックで、見るからに速そうな選手ばかりでした。
谷さんは緊張すると言っていました。二宮さんは集中している様子でした。
 スタートの号砲とともにかけ出した選手の集団は、押し寄せる波のような迫力でした。二宮さんがアウトコースから一気に集団の前の方へ出ました。そして選手の集団はあっという間に競技場の外へかけ出していきました。
 63位で競技場に入ってきた二宮さんの後ろには、“絶対に前を抜かす”といった目つきと勢いの選手が迫っていました。しかし二宮さんはトラックで逆に差を広げゴールへ飛び込みました。
 81位で戻ってきた谷さんは、「横浜WIND、去年の4時間48分53秒よりタイムを上げてのゴールです!」とのアナウンスの中、大きなストライドでゴールしました。
 打ち上げの時、直接見ることは出来なかったけど他の全選手の頑張った様々なエピソードを聞いて、とても感動しました。


  陸上競技場・太郎坊応援 小椋 行夫

毎年テレビでしか見たことがなかった、富士登山駅伝の応援に行きました。サポーターとして予定していなかったので、飛び入り応援です。スタート地点の陸上競技場に着くと1区の横浜中央走友会二宮さん、横浜WINDの谷さんはすでに緊張気味です。第1走者を見送った後、太郎坊まで行きました。途中選手を追い越して、中継地点ごとに応援するつもりでいましたが、車は最終ランナーを追い越すことができず、太郎坊に着いた時、襷はすでに5区の2合8勺を目指して山中です。中継点より少し上、走友会の幕のところで復路を待つこと2時間。続々と選手が駆け下りてくる中、来ました57の安部さん、あっという間に通り過ぎました。しばらくして78番のコールで高橋先生。このとき繰り上げスタートの準備が始まっていましたが、無事襷は繋がりました。
選手の皆さん、サポーターの皆さんご苦労様でした。

青年の家 −2・10区−
横浜中央走友会/岩堀 朗・横浜WIND/小林 歩
サポート/村上一弘・濱田玲子・原崎絢子
  −2・10区− 岩堀 朗

 去年に引き続き参加しました。今回はひとつ上の区間、2,10区を走りました。大会前日は雨が強く降っていて心配でしたが、皆さんの日頃の行いが良かったのでしょう、当日は晴れていました。下の区間だけでなく、富士山も雲がありませんでした。あとはみんながベストを尽くす走りをするだけです。
 1区が見え始めた時、雑音でゼッケンNoを呼んでいる声が聞こえないハプニングがありましたが、自分の目で来るのを確認して無事襷を受け取りました。始めは後続に何人か抜かれましたが、慌てず自分の走りをしました。順位を落としましたが最低限の走りはできたと思います。下りは去年飛ばしすぎでブレーキを起こしてしまいましたので、フルマラソンの始めの入りをイメージしながら下りました。しかし、傾斜が急のためどんどんペースが上がってしまいました。ラスト2km過ぎから太もも中心にきつかったですが、何とか走りきり、順位を3つ上げて襷を渡しました。
 結果的には去年よりも順位、記録(わずか1秒)が下がりましたが、決してチーム力は落ちていないと思います。この経験を活かし、次回の富士登山駅伝ではもっとレベルアップしましょう!
 選手の皆さんお疲れさまでした。サポートして下さった皆さん、本当にどうも有り難うございました。

    −2・10区− 小林 歩

2区、10区を走らせて貰いました小林歩です。
登り、下り共に目標タイムに近いタイムで走りきる事が出来ましたが、2区、10区の順位では110人中92位という不甲斐ない結果でした。来年も出場メンバーに選んで頂けるよう、良い結果を残せるよう、これから真面目に練習に励みたいと思います。
サポートをしてくださった方々、どうも有り難う御座いました。おかげで中身の濃い、非常に充実した2日間をおくることが出来ました。
後、藤江さんハチマキ有難う御座いました。登りでの選手が来た事を知らせるマイクの故障、下りでの誤ったコール(78番と言われたので道路に出て準備していた所、来たのは79番だった)の中、襷を受け取ることが出来たのは、あの目立つ黄色のハチマキがあったからだと思っています。

走友会サイコー!

  青年の家サポート 濱田 玲子 

選手の皆様、サポート&応援の皆様大変お疲れ様でした。
本日は青年の家の中継ポイントからも富士山よく見えました。
あそこで闘ってるんだなぁって何度何度もも見上げてました。
2チームが怪我もなく無事に襷を繋げたこと本当に嬉しいですね。
帰りの吉田さんの車の中でTV見てましたが、もう一度じっくり見てみます。


   青年の家サポート 原崎 絢子

青年の家前はアップの場所、トイレの設備など比較的環境がよく、現地に着いたらすぐ日陰にシートを敷いてほのぼの談話していました。

同じサポーターだった村上さんは、去年走った経験があるせいか、緊張している選手の二人(小林君、岩堀君)をリラックスさせようと声をかけたり給水などを気にかけたりしていてこれぞサポーターという感じでした。

また、同じくサポーターの濱田さんとも初対面だったのですが、他のチームに沢山知り合いがいるようで色々な人に声をかけたりかけられたりでびっくりしました。

さて本題の試合です!特に印象に残ったのは上りより下りのシーンでした。青年の家前はなが〜い坂になっていて、中継点にいると下りの選手がびゅんびゅんとばして下ってくるのが遠くから見えます。下ってくるというより、坂の傾斜でスピードがついて「飛んでいる」という感じでした。岩堀君も小林君も、ものすごいストライドで走ってきたので、それまでのきつさも想像できました。

今回はすべて初めてでサポーターという程に何もできなかったのですが、その場にいて、走る楽しさ、きつさ、でも癖になっちゃうなぁこれが、という気持ちを共有させて頂いて本当に有難う御座いました!

馬返し −3・9区−
横浜中央走友会/岩原武男・横浜WIND/伴 和幸
サポート/和田 浩・田川千賀子・黒木純子・添田隆二
     −3・9区− 岩原 武男

今回、富士登山駅伝、横浜中央走友会で3区・9区を走った岩原です。
皆様の応援やサポートのお陰で無事に走りきることができました(^O^)ありがとうございましたm(__)m 
自分なりには予定タイムで走れましたが、無難な走りで爆発力がなく、チームの順位をあげれなかったことが残念です。やはりまだまだ力不足も感じました。でも、駅伝はいい!これだけのみんなが応援してくれて、普段、ない時間を上手くやりくりして練習してるメンバーと襷を繋げて本当に良かったです!
やっぱり熱いよ、横浜中央走友会♪来年も田川さんと2トップで馬返しで暴れたいと思います。これからも岩原  武男  岩原 武男をよろしくお願いします☆彡




−3・9区− 伴 和幸
まずは、サポーターの方々本当にありがとうございました。
すばらしいサポートのおかげで走ることに集中する事ができました。
一番印象に残っているのは、8区から9区での繰り上げぎりぎりのドキドキです。ピンクの襷をかけスタートに並んだ時は半分あきらめていました。「78番!」のコールの瞬間はまるで受験結果の掲示板に自分の番号を見つけた時のような気持ちでした。このような状況を作ってしまったのは、3区での自分のブレーキ(28分以上かかってしまった)なわけで、それを取り返さねばという思いと襷がつながったという喜びで、9区は必死でかけおりました。途中何度か体を支えきれなくなり、足が折れるかと思いましたが、何とか13分台で10区に襷をつなぐことができました。
今回の大会を通して、横浜中央走友会のすばらしい面をたくさん実感することができました。最後に、苦しいときに気持ちのこもったはちまきがとても力になりました。ありがとうございました。
    馬返しサポート 和田 浩 

皆さん、富士登山駅伝ではお疲れさまでした。都会の喧騒を離れ、大自然のふもとでの2日間は本当に充実した時間を過ごすことができました。今回は、馬返し中継所サポートとしての参加でしたが、自分が出ているとき以上にドキドキしつつ大会を楽しめました。

かかわった岩原くん、伴さん、岩堀くん、歩くん、よく頑張ってくれました。懸命に走って来、走って行く姿はとてもカッコ良かったですよ。

来年への引継ぎ事項として、@横断幕・のぼり旗は、下り車線側の設置は選手確認の支障になるので不可、上り車線側に設置すること、A選手の準備もあるので、山区間の情報も逐次入る体制にしてほしいこと(自衛隊の無線も要チェック)、を挙げておきます。

今年の総合結果は昨年より1秒遅れだったんですか?ほんの1秒ですが、これを取り戻すために1年間過ごさなければなりません。ぜひがんばってください!できうれば自分ももう1度選手として出たいものです。


    馬返しサポート 田川 千賀子

 8月1日(日) 何度目かのサポーターとして、今年も参加させて頂きました。今年も"馬返し"地点を担当させていただきましたが、今回は人数も多く、それぞれ分担を決めてサポートをすることができ、本当に良かったと思います。
何度か経験すると、サポーターも随分と様変わりしているように感じます。ベテランの人、初めて参加した人、富士登山駅伝に対する想いは、それぞれだと思いますが、無事に怪我もなく襷がつながった事が一番です。
選手の皆さん、 お疲れ様でした。       
太郎坊 −4・8区−
高嶋威男総監督
横浜中央走友会/阿部拓也・横浜WIND/高橋定雄
サポート/福田妃佐子・秋本 緑・江花逸人・江花早苗
−4・8区− 阿部 拓也
〜来年に向けて〜
●1秒差で前年に届かなかったのは悔しい!
●自分の区間で「順位」を上げる(下げない)ことを意識したが、チーム全体の最終結果のためには、自区間での前後との関係よりも、「タイム」を少しでも縮めることが大切だった
●登り区間では、前後のランナーと距離は少しでも、タイムでは平地とは比べ物にならない程の差に開いている。地道に一歩一歩をもう少しずつでよいから頑張って、歩かず走り続けていれば、相当な時間をつめられたはず
●私は、普段後傾気味のフォームなので、登りで前傾姿勢を維持して推進しようとすると腰に一番きた。人それぞれ得意不得意あると思う。特殊なコースに対応する現地練習・トレーニングがもっと必要だった
●やや勾配のゆるくなる九十九折に差し掛かってから走り出し、前を追うことができたが、砂走りで頑張っていればあと2人追い越せた(タイムが大切ということと矛盾するようだが、やっぱり見えたからには抜きたかった!)。写真でわかるように最後の直線で前に3人いた。猛ダッシュを掛けて1人は抜いたが、その前を捕らえるには時すでに遅しであった
●4区終了後約2時間待ちがある。持ち物・過ごし方が貴重。サポートの威力も多大で感謝です
●得意の下り、8区で好走できたのは素直にうれしい。初回の試走では大砂走りで立ちすくんでいたのに…
●山小屋付近で平地になり、足を取られて転んでしまった。そのことよりも、そこからフィニッシュまでを無難に下ってしまい、転倒時に抜き返された選手を猛追しなかったのが心残りだ
●一度経験して面白くなってきたので、来年も同じ区間を担当したいです。選んでいただけたら、次は、4区登りは30分切り、8区下りは夢の6分台に少しでも近づき8区単独順位で上位を狙います!---

−4・8区− 高橋定雄
襷が繋がることが、こんなに嬉しいことだったとは・・・。初めて気づかせて貰った。 襷には選手一人一人の想いが込められている。 また、それ以上に多くのサポーターの想いも深く入り込んでいる。
7区の吉田さんから襷を受け取ったのが11時51分を過ぎていた。 「もう駄目だろう」「頑張ればぎりぎり繋がるかも知れない」ふたつの考えが交錯する中、走り出した。 繰り上げまで後9分弱、秒を争う闘いだった。
私には珍しく腹痛が襲った。 5分後少し気持ちを切り替え「あとほんの少し頑張ればゴールだ!」「どうしても伴さんに襷を繋げるぞー」と独り言を吐いた。
8分15秒で二合八勺から太郎坊まで駆け抜けた。 襷を伴さんに手渡してから20秒後に30人くらいの一斉繰り上げスタートのピストルが鳴った。 涙が出るほどの嬉しさを味わった。堤さんと思わず抱き合い、福田さん・江花逸人さん・早苗ちゃん・秋本さん、そして、監督の高嶋さんに祝福され感動の一瞬を共有した。
富士登山駅伝は過酷な条件で行うので魅力イッパイである。私は5回目の出場が出来たことがとても嬉しい。気力体力が続く限り若い人達と一緒にこれからも楽しみたい。
「鉢巻き・レモン・グレープ・濡れタオル・テント・サポーター」心に残る夏の言葉であった。 粂さん・永瀬さん・藤江さん・芥川さん、二合八勺では御世話になりました。 太郎坊サポーターの方を始め皆さんに感謝申し上げます。

 太郎坊サポート 秋本 緑

 今回太郎坊でのサポートでしたが、なかなかドラマチックで感動しました。
 なんといっても一番は高橋先生が11:59にたすきを持って現れたとき。繰上げスタートを生で見るのも初めてだったので本当にドキドキでした。
 私は連絡係ということだったので、一日ずっと携帯電話を握り締めていました。最初のうちは比較的連絡はスムーズに行えたのですが、山頂区にさしかかると電波が悪く、しかも下りはあっという間なので途中から連絡もとぎれがちになってしまいました。
 もともと不器用で、持参したデジカメはほとんど使用せず、与えられたことをするので精一杯でした。お役に立てたかどうかもあやしい・・・・・。
でも、数年前に比べて横浜中央走友会自体のレベルがはるかに上がっており、応援のしがいのあるレースでした。


   太郎坊サポート 江花早苗

駅伝前日,雨の中3区のコースを一部走り,気分は盛り上がるばかり。
今年も太郎坊でのサポートでした。苦しいのに,最後まで足を止めずに駆け上ってくる伴さん,岩原君。緊張した気持ちを,心にぎゅっとしまって集中する高橋さん,阿部さん。皆さん,とても輝いていました!
繰上げスタート直前に,襷をつなくことができた瞬間の私の喜びようもかなり見ものだったと思います。

   太郎坊サポート 江花逸人
選手の皆さん並びにサポーターの方々、本当にお疲れさまでした。
また素晴らしいレースをありがとうございました。
ヤル気を触発されて早速二人で8km程、坂道のあるコースを走ってきました。
”元”などと呼ばずにまたこれからは、勝手に切り込み隊長に戻ります!
一段と層が厚くなった横浜中央走友会の若手を引っ張れるよう、頑張って行きたいと思います。
次は秋の東日本駅伝、そしてそれぞれの目標に向かって、頑張りましょう!
オクトーバーランもやりますよ!!

   横浜WIND 粂 正夫

必死の形相◇下を向いて登り続ける◇笑顔でタスキを渡す◇力を出し切れず・・・◇声援に応えて手を振る◇次はやるぞ!!◇跳ぶ
パーフォーマンスのひとつひとつを見て、同じ横浜中央走友会の仲間であることに尊敬と自信と喜びを感じました。 

サポートの皆様
選手と同じ意識で力を合わせ、背中を優しく・力強く押し続けた盤石のサポート体制に凄ささえ感じました。 どの中継ポイントでも横浜の仲間を応援する声はどのチームよりも凄まじく力強く大きかったと思います。

横浜中央走友会・横浜WINDの2チーム、太郎坊での繰り上げスタートもなく全コースタスキが繋がったのは初めてですね。
繋げたのは黄色の襷だけではなく、仲間の友情と信頼、そして一つになった横浜魂でした。

選手・サポートの皆様、ご苦労様でした。
来年は第30回の記念大会です。 
もっともっと意識と走力をパワーアップし更に上位を狙いましょう!!
 

         富士駅伝@夏祭り 堤 雅也(気象庁陸上部4区8区担当)

何故走るの?
応えは仲間の胸の中!
耐え難い苦しさは、それ以上の想いに代わり、自分が人であったこと、泣ける事、喜ぶ事、分かち合う事を呼び起こす。仲間を巻き込みながら……強烈に……。
苦しさの中で微笑む彼らは、いつも、輝き、これからも変わらない。
疲れて眠ってしまったみたい。
乾いた涙の跡だけが富士を物語る!。
優しい一陣の雨風が吹いたよう。
甘い残り香が、喧騒をかき消す雷鳴が、仲間の胸に降り注ぎ、皆心優しくなる。
このために走り、また次の輝く富士を走る。
富士に残していった優しい気持ち達を、悔しい想いをまた、感じるために、取り返すために。
ありがと。
さて、そろそろ微笑んで歩きだそう。
出来すぎの楽しい夏祭りで夏が終わりました。
じゃあ、また。
寄り道して、道草食って、柔らかい風が吹く富士でまた逢いましょう。

二合八勺 −5・7区−
横浜中央走友会/中野洋佑・横浜WIND/吉田精作
サポート/粂 正夫・芥川光正・永瀬菜穂子・藤江紗代子
−5・7区− 中野 洋佑

5、7区を走らせていただいた中野です。富士登山駅伝はもちろん初出場、しかもいきなり山内区間ということで、かなりの不安を抱えたまま、当日を迎えました。何もかもが初めて…体調をうまく整えられなかったことが今回の一番の反省点です。得意なはずの登りが非常に辛くて、予定してたタイムから2〜3分遅れてしまい、不甲斐ない結果となってしまいました。今回は富士山について色々と勉強になりました。この経験が間違いなく来年は生かせると自分自身思っております。また来年もよろしくお願いします。サポートの方々、本当に2日間ありがとうございました。


    二合八勺サポート 永瀬菜穂子

思い入れや緊張、それぞれの思いがあったでしょう。難コースでも自分の役割をしっかり果たし、たすきをつなげた選手を誇りに思います。
 
私はと言えばサポートを忘れ、あちこち動いて応援に熱中してしまいました。ごめんなさい。血が騒いでとてもじっとしていられなかったのです。


  二合八勺サポート 藤江紗代子

富士駅伝初参加の私は、今回、二合八勺のサポートをしました。今年は、前日から波乱含みの駅伝となったのですが、山の区間は特に大変だったと思います。私は山小屋(体験された方は事前には多くを語ってくれず、かなり恐ろしかった…)に泊まる予定が、旅館泊になったため、まだ少し楽だったはずです。そんな訳で当日4区の区間を、てくてく登っていきました。一番軽い荷物だったにもかかわらず、粂さん、永瀬さんに引き離され、自分の体力のなさを実感しました(>_<)さらに、選手の大変さを実感、尊敬・尊敬・・・です。
レースが始まり、ついに阿部さんがやって来ました!!あの急坂を駆け登っている姿を見ているだけで、涙がでそうでした。ついに中野君に襷が渡され、阿部さんとテントまで戻りました。その後、堤さんと高橋先生も無事に登ってこられ、吉田さんもスタート。
そして2時間後…上から降りてくる全ての人が、中野君と吉田さんに見えました。やっとやっと中野君が帰って来るのが見え、襷をもらった阿部さん今度はあっと言う間に小さくなっていきました。中野君お疲れ様。でも安心する間もなく、繰上スタートの時間が迫ってきます。高橋先生とドキドキしながら、上を見つめて…吉田さんだ〜姿が見えた時は嬉しかったなぁ。そして高橋先生が襷を一本につなげるべく、飛び出して行きました。なんとか間に合って…その願いが通じたのか、しっかりとつながったと聞いた時は感激しました。
本当にあっと言う間に一日が過ぎていきました。もっともっと沢山の出来事、思いがあるのに…と感じながら、うまく文字にできないはがゆさも感じます。でも最後に・・・選手のみなさん・サポートのみなさん素敵な一日をありがとうございました。また一年後、悔しい気持ちをさらに大きな笑顔にかえましょうね。

−5・7区− 吉田 清作

今日は多くのサポートありがとうございました。襷をつないでくれた横浜WINDならびに横浜中央走友会の選手の皆さんお疲れさまでした。怪我もなく、みんな笑顔で戻ってこれてなりよりでした。成績のほうは目標に大きく及びませんでしたが、今年は2チームとも繰り上げなく襷がつながったことがものすごく嬉しいです。
個人的な総評としては直前の29会では「100%の力を出し」てがんばる」と宣言しましたが、90%しか出せませんでした。100%出せるようになるのを今年後半の課題としたいと思います。登りの5区は想像通りのきつさでした、登りの序盤では「来年は絶対にサポートに回ろう」と強く決心しながら走っていました。走り終わると来年も走りたくなるから不思議です。
来年こそは、今年立てた目標をクリアできるようにがんばりましょう。

横浜WINDの5区7区を走りましたが、登りの5区は想像通りの厳しさでした。4区の高橋先生から襷を受けて走り始めて、10分のたたないうちに逃げ出したい気持ちになりました。登っても登っても急な坂が目の前に延々と続くのです。とにかくマイペースを貫くことだけを考え、後ろから追い抜いていくランナーのペースに巻き込まれないように我慢に我慢を積み重ねて、修行者のつもりで、黙々と登り続けました。
目安にしていたほぼ中間点に位置する小屋のところを29分台で通過。試走の時よりも5分早いタイムで通過できて、急に元気が出てきました。ここから後半は少し積極的に脚を進める
ことができました。なんとかほぼ目標タイムで山頂区の宣貴さんに襷を渡すことができました。
下りの7区では繰り上げスタートが気になり始めました。11:40に襷を受ければなんとかギリギリ間に合うかなと思っていたら、本当に11:40に襷を受けることになりました。下りは少し自信を持っていたのですが、序盤に飛ばしすぎて肝心の大砂走りで脚がいっぱいいっぱいになってしまいました。それでも、なんとか目標の10分で襷を繋ぎ、8区の高橋先生のがんばりで、なんとか繰上げを免れてほっとしています。
厳しいけど、終わってみれば本当に充実した楽しい大会でした。
サポートならびに応援のみなさん、ありがとうございました。

七合五勺 −6区山頂区−
横浜中央走友会/森 研之・横浜WIND/佐藤宣貴
サポート/星崎一浩・西内麗子・末安誼典/平石一男
    −6区山頂区− 森 研之
 今年も富士登山駅伝に参加させて頂きありがとうございました。
また、サポート並びに応援ツアーで来られた方々には大変感謝しています。私が任された6区、山頂コースでも沢山の方に応援して頂いたのですが あの時は苦しくて苦しくて声援に対して振り向く事さえ出来ませんでした。(すみません)  でも皆さんの声はしっかり届いてましたよ!本当に嬉しかったです。
そして今年も山頂でカメラを構えて待っててくれた平石さん!
周囲を見る余裕などなかったはずなのに平石さんにはすぐ気付きました。 でも、これまた振り向く余裕がなかったのです。
 結果から言えば、まだまだ練習不足だと感じました。競技でやってる以上 こんな言い方で済ますのは他のメンバーに対して失礼ですが、もっともっと実践力を付けて また来年 山頂区を走りたいです。大きな事を言うようですが、皆から「山頂区は森しか走れない!」と思われるぐらい山のスペシャリストになりたいと2回目の山頂区を走り終えて気持ちがさらに高まりました。

 

    −6区山頂区− 佐藤 宣貴

昨年、一昨年に続き山頂区を走らせていただきました。ありがとうございました。
12時、太郎坊での繰り上げスタートを考えると7合5勺で10時50分を過ぎてしま うと厳しくなる。10時45分、繰り上げを考えると、もうそろそろギリギリの時間、 来た!!、黄色い鉢巻き、 吉田さんだ!! 
 今年は登り始めからとてもきつく感じる、去年、余裕があった8合までの道がかなり つらい、8合を過ぎてしばらく行くと大きな砂礫の道にとき折り足をとられる。下を向 いて黙々と進む、 と突然、「佐藤君、頑張れ〜」の声、顔を上げると走友会の応援ツア ーの人達の笑顔があった。張りつめていた顔が思わず笑顔になり、つらさに耐え苦しかった心に喜びがともる。さらにもう少し行くと山本卓さんと90歳の田中一さんがいて応援をいただいた。応援の声に背中を押されるように、何か上に行くほど身体が楽になっていくような感じもする。温かい応援に心がほころび身体に力がともったのかも。山頂の手前で、またも「佐藤君」と応援の声、今年も山頂に平石さんがいて応援してくれていた。8合目では去年より1分程遅いタイムだったのに、山頂の神社では調子の良かった去年より30秒位速いタイムで折り返すことが出来た。下りの終盤のきついところでも応援ツアーの方々がいてくださった。ありがとうございました。ラストは悔いを残さないよう突っ込んだ。きつかった、でも何か清々しい気持ち。今年は現地練習がいつもの年よりも少なく、多少の不安もありましたが、終わってみれば、調子の良かった去年とほぼ同じタイムで走り切ることが出来た。太郎坊の繰り上げスタートまで残された時間は約20分、大丈夫、きっと繋いでくれる。
 前日の土曜は悪天候でしたが、そんな中、一緒に登ってくださって、いろいろとサポートをしてくださった星崎さん、末安さん、西内さん、本当にありがとうございました。襷がつながって本当に良かったです。
    7合五勺サポート 西内 玲子

選手の方々はじめ サポートの皆様本当にお疲れ様でした

サポートとして参加させて頂くのが今年で3回目です。
今回は一昨年同様 山内で8合目の赤岩8合で宿泊し、7合5勺でサポートをしました。
 前日、太郎坊から8合目まで駅伝と同じコースを登ったのですが「こんな所 走るなんて!・・・信じられない!!」と何度も思いました。
歩いて登っても本当にきついコースです。一緒に登って頂いた方々、ありがとうございました。 
 駅伝コースの一部分ですが実際歩いてみて選手たちの きつさや過酷さが少し解かったような気がします。
 7合5勺の中継地点は場所が狭く下りてくる選手と登っていく選手、それに加え一般の登山客が通るので役員の人達も かなり殺気立っている感じでした。選手が来てもサポートが飛び出して行ける状態ではありません。そんな中、私もサポートとして今年よりも来年、再来年と成長し選手の皆さんが少しでも良い状況でレースが出来るよう努力して行きたいと思いますので今後とも よろしくお願いします。



    山頂区サポート 平石一男 

今年の山頂は気温が低く風も有り、寒くて仕方がないので9合目まで往復ランニング練習で時間を潰してました。10時30分頃1番早く登ってきたのは滝が原自衛隊で2番目に空艇団で続々と自衛隊が目立ちました。山頂の応援も自衛隊ばっかりです。雲海の下からちょと予定から遅れて57番の森さんしばらくして78番の佐藤さんが共に力強く登ってきました。浅間神社から戻り下る勢い更に増し多くのランナーを抜けそうな勢いです。 横浜中央走友会頑張れ!!
今回の大会の山頂風景と森さんと佐藤さんそれに101番気象庁の写真が全部で25枚あります。必要な方は御連絡ください。なお鶴見RCの写真も撮るつもりでしたが会えませんでした。今回はランニング練習中にカメラの蓋が開くトラブルがありましたが101番3枚、森さん3枚佐藤さん8枚あります。気象庁と森さんが同時に登ってきて沢山撮れず残念でした。鶴見RCは来年の富士山頂で撮らせて下さい。
横浜中央走友会15回出場おめでとうございました。更に2チームとも繰り上げ無し完走おめでとうございました。
四国中国地方が水害の最中に富士山が晴れました。それも7月31日まで
酷いお天気だったそうです。台風が通常通りのコースをたどれば当然中止でしたね。だけど今年は逆コースが幸いしました。
15回参加した富士登山競争も山頂取り止めが2回ありました。本当に今年も富士山頂で皆様を応援できて幸せです。出来れば来年の8月7日5年連続で応援させていただきたいと思う次第です。

        折橋 雄 (ZEN/6区山頂区担当)

おつかれさまです。おりはしです。
私も多くの方々が書き込みしている駅伝ネタを・・・。
一昨日、昨日と「富士登山駅伝」に参加された方、サポートの方、ご苦労様でした。何回出ても味のある素晴らしい大会ですね。この大会の良さって文章では表せないものでやはり参加し体感することしかないように感じます。
中央走友会のみなさんには会う方会う方、他チームの私なのに声をかけてもらいましてありがとうございました。御殿場の地で知ってる方と話してリラックスすることは結構大事な事だと思います。モジュベーションも上がりますしね。
私は6区を受け持ちましたが初体験のこの区間を完全燃焼出来ました。ただ、区間のタイム順位ともに振るわなかったことはちょっと残念です。ですがチームの順位、タイムが全てですから昨年より両方上回りましたしシードとされるタイムの4時間40分もクリアできましたので役割を多少、果たせたかな?って思っています。レース時は頂上から下山途中の応援に来られていた卓さんに登っていくときには大きな声で声援して頂き、下山時は声援は勿論、「しっかり下れ!」と言わんばかりに背中を押してもらいました。嬉しくて「ジーン・・・」ときてしまいました。(笑)感謝、感謝です。
我々のチームも2チーム編成で1軍2軍があります。またそちらの練習会に参加して力をつけて1軍入りを果たしたいものです。
ここからは独り言なのですが・・・
今回の6区には私のチーム監督をされている方のはまり区間で本来その人が受け持つはずだったのです。その方が昨年から故障で辛い思いをしていまして今回、私がその6区を指名され活きに感じて挑みました。
襷を7区に渡した後、時計を見たとき「11時37分」でした。「これなら9区の12時繰り上げに余裕で繋がる」と思ったとき充実感がありました。嬉しかったです。

そんなこんなでまたがんばりましょう。お礼とともにまたよろしくお願いします。

      横浜鶴見RC 本釜 善文 (二合八勺サポート担当)

富士登山駅伝,無事横浜鶴見RCは、全員ケガなく無事に鶴見に帰還しました。1区佐久間さん、2区島崎さん、3区森弘さん、4区山下さん、5区前山さん、6区持丸さん、日本で最も過酷で厳しい山岳駅伝の完走本当にお疲れさまでした。残念ながら昨年と同様、襷はつながりませんでしたが、最後まであきらめずに走りきれて、サポート徹しましたが、感動しました。来年は30周年で参加資格がきびしくなるようなことも聞きましたが、その時は、その次度がんばります。
中央走友会の粂さん、2チーム襷がつながりましたね。
さっすがです。厚いサポートもいつもながらすごいですね。
これからも皆さんに負けない様(?)がんばりたいと思います。
それでは!!


29回富士登山駅伝応援ツァー
        

        富士登山駅伝・応援珍道中         山本 卓

731日早朝?8時半新宿西口京王バスターミナルに集結した横浜中央走友会・富士登山駅伝 大応援団、リーダー小林義昭以下 田中一、村上秀喜、原崎郁夫、高木英俊(高島さんの友人)、掃き溜めに鶴 とも言うべき 片岡玲子、浅見恵子(何れも阿部君の友人)と 山本卓の8名、まさに玉石混交の顔ぶれ、8:45台風の余波を受けて大荒れに荒れている(らしい)富士の舞台えとバスに乗り込みました。中央高速は渋滞に次ぐ渋滞で一眠りしてもまだ八王子。しかも、時折猛烈な俄か雨に前途多難を思わせる。予定より1時間遅れで11時半5合目終点到着。もの凄い人、人・・・。急いで昼食を済ませて記念撮影。
いよいよ頂上目指して出発。既に森林限界を超えているので視界が広く、じぐざくに登っていく長蛇の列を見上げて嘆息しきり。そこに小林さんの痛烈な一声“ここは まだ登山道でないよ〜、ウォーミングロードだよ〜!”六合目でようやく登山道に合流(2390m)さあ これからが本番!、見上げれば山腹に連なる沢山の山小屋、“今夜の宿はどれだ〜!” “まだ見えないよ〜”(小林)、今夜の宿は8合目の東洋館(3020m)標高差700m、うんざり!
気が付いたら田中一さんと二人、ご老体に鞭打って元気に登る一さんに周りの方たちから“おいくつですか?”の連発、その都度 “91才です!”みんなびっくり、ついでに“貴方は息子さんですか?”“いいえ、マラソン仲間です!”ここで又またみんなびっくり。こんなことを延々3時間半繰り返して、ようやく山小屋到着。超満員で寝床は何時もの“いわしの缶詰”、4時半夕食、5時就寝寝ろといわれても下界はまだ夕焼けにもならないかんかん照り、村上さん持参のウイスキーを回しのみして3000mの黄昏を満喫。 まだ明るいのに寝る体制、ぎゅう詰めのフトンの中で“明日 田中さんをどうやって下山させよう!”と考え始めたら、結局朝まで一睡も出来ず、“ご来光がみられそうだよ〜”という宿の人の一声でゴソゴソと這い出して81日の日の出を見ました。雲海の彼方から登ってくる太陽は、まさに ご来光でした。
さあ、いよいよ駅伝の日、“我々は山登りに来たんじゃない、応援に来たんだ〜!”と意を改めて五時半出発。とは言え、頂上経由御殿場ルートとなれば、頂上まで標高差750m、これは厳しい!じぐざくの道を田中さんのザックを後から持ち上げながらの牛歩戦術。途中、大勢の人たちに励まされて一さんはすっかり人気者、いや 尊敬の的。押し上げてる僕だって十分に尊敬される歳の筈だけど相手が91歳では所詮 押し屋、ぶつぶつ言いながら新八合、八合五勺を経て1130分山頂到着。ツカレタ〜! ところで、折角阿部君を応援に来たお嬢さん達、この時間山頂に居たんでは文字通り天界と下界の差、阿部君来年は是非山頂区を走ってあげて! 

頂上の浅間神社で70歳以上の登頂者の記帳を済ませ、お神酒と記念の扇子などまでを頂いて、いざ駅伝コースの御殿場ルートへ移動。折り返し点の社務所前にはタスキに捺すスタンプまで準備万端。頂上直下で平石さんがカメラ・ポジションを決めて早々と準備完了。いよいよ下山開始。下山途中で我が走友・森/佐藤両君を応援する体制。標高差100m位降りた所で早くもトップランナーが登ってきた。今年も自衛隊滝が原。早い! 頂上直下の胸突き八丁をまだ走って登って来る。二位以下を大きく引き離してダントツのトップ。感心してる場合じゃない!下らなければ・・、気が付けばまたもや田中さんとの二人連れ。何しろ、斜面がきつく足場が悪い、前に倒れるのが心配で田中さんのザックの紐を後ろからしっかり掴み、恐る恐る降りてくる奇妙な道中。そうしてる間にも後続のランナーが駆け上ってくるし、まもなく折り返したランナーが物凄いスピードで駆け下りてくるし・・・、前を見て、後を見て、足元を見て・・・、やがて30番前後で我が森君のブルーが見えた。かなり疲れている。声をかけてもあまり反応しない。必死に頂上を目指して登っていく。次いでダイハートの折橋さんが来た。まだ元気。あんなところに僕が居たのでびっくりの様子。そうしながらも、前を見て、後を見て、足元を見て・・・が続く。しかし遂にスピードを抑え切れなかったランナーに田中さんが跳ね飛ばされて、仰向けに転倒! 幸いにもザックがクッションになって怪我がなく、急いで抱き起こし無事を確認、どっと疲れがでた! やがて佐藤君も頂上へ送り出し下りを急ぐ。やがて七合五勺(約2800m)中継点が見える。ジグザクの道をランナーが懸命に登ってくる。下りの目で見るその勾配は凡そ走ると言う概念を越えた修験者の道を思わせる。然らばその道に挑むランナーは何故か修行僧のごとく、苦しみを飲み込んだ穏やかな顔立ちだったのが思い起こされる。森君、佐藤君、折橋さんも下りは快調に飛ばして消えていった。田中さんとの二人連れは猛スピードで駆け下ってくるランナーに怯えるごとく、その都度 右だ! 左だ!と身を交わしながらようやく中継小屋に到着。先行したメンバーと合流。
ここから二合八勺の中継点を経て太郎坊まで標高差依然1300mぐらい、これまでの岩場から一転して砂道に変わった。ここで田中さんのザックを引き取り胸に抱いての砂道下り、胸のザックで重心が前がかりになり歩きずらい! これを走って登るなんて・・・誰が考えた事なんだろう!  目の前に見える太郎坊が全く近づいて来ない。冬雪を被ったこの斜面は最高のゲレンデだな〜なんて考えてるうちにようやく新五合目茶店にゴール! 2:30pm。
勿論、ビールで登頂記念の乾杯! 田中さん 頑張った! お疲れ様でした!
それにしても、この応援団 少しも応援らしいことも出来ず、ひたすら岩場と砂道相手に格闘しただけ! スミマセンでした。
 富士山は 矢張り 遠くから その美しさを愛でる山です。 
      


  富士登山駅伝応援ツァーに参加して  片岡 玲子

「トップの選手が来たぞ!」「滝が原がダントツだ!」騒然とした雰囲気。自衛隊員が「選手が通ります!下山者の方は道をあけてください!」と叫び、TVカメラが選手を捉えようとじっと待ちます。なんだかドキドキしてきました・・・。

参加した‘富士登山駅伝応援ツアー’は、富士登山後に横浜中央走友会の皆さんを応援するツアーで、91歳の田中一さんを含め、総勢8名。大学時代の先輩の阿部さんを4・8区で応援する予定でしたが、間に合わず山頂区での応援となりました。

さて、最初にやって来た滝が原自衛隊の選手の驚くほど力強い走り(登り?)にびっくり仰天してから、次々と他の選手も登ってきました。しばらくしてツアーリーダーの小林さんから、森さんが登ってきたことを告げられ、一緒に参加した友達と「森さんファイトです!」と精一杯応援しました。その後、佐藤さんがやってきました。あの極限状態の中、我々の声援に笑顔で応えて下さいました。(森さん、佐藤さん、勝手にお名前を叫んでしまってすいませんでした…。)

ところで、お噂には聞いていた田中一さん、「二日前に尾瀬の至仏山に登って、まだ少し疲れが残っていてねぇ。」と笑顔でおっしゃりながら、見事91歳にして富士山登頂に成功したお姿には、本当に驚きました。さすがです!楽しい登山と、熱気あふれる富士登山駅伝の応援。とても充実した二日間を過ごすことができました。ありがとうございました。                                 

   冨士山登山記  村上 秀喜

冨士登山駅伝大会応援を兼ねての登山、参加者総勢8名であります。新宿よりのバス交通渋滞で登山口5合目に到着大幅に遅れ、12時を過ぎての到着である。吉田口5合目には、多くの登山者が居て、混雑している。昼食をとり、我々パーテーもいよいよ登山開始する。5合目よ6合目までは、道幅も広く、なだらかな道である。下山してくる人の中には、91歳で今回参加された、田中一君、元気に頑張る。6合目からは登山道は、厳しくなる一方である。途中雨となるも、やっとの思いで山小屋に到着、山小屋は、大混雑である。登山者は夜も登って来る。午前4時45分の日の出を見て山頂を目指す。厳しくなる一方の登山道、難行苦行の末やっと山頂到着、多くの登山者で賑わっている、休憩後、下山開始である。予定より遅れているので、応援場所を変更して、山頂区で応援する事にする。走友会のランナー2名と会い頑張れと、声援を送る。森君、佐藤君懸命に登ってゆく。大幅に遅れ,砂走りに到着、太郎坊到着したのは、14時過ぎてある。
当初の予定では、太郎坊で応援の予定でしたが、駅伝の皆さんに会えず残念です。


29回富士登山駅伝競走大会総評  総監督 高嶋 威男
        
                              第29回富士登山駅伝に参加された皆様お疲れ様でした。昨夜はゆっくり休めましたか?今回は選手12名+1名(堤君)、サポート22名、応援11名
(ツアー8名、平石、小椋夫妻)計46名が集結し、日本一の山「富士山」目指す駅伝大会にそれぞれの役割を果たしていただきありがとうございました。また今回15回出場の表彰もあり、1回から出場された多くの方々にも厚く御礼申しあげます。来年30回大会にはさらにレベルアップをしましょう


2003/8/3
秩父宮記念
第28回
富士登山駅伝競走大会

2003/8/3霊峰富士に挑む熱き闘いは
涙と汗と友情の襷をしっかりと手渡し、
横浜中央走友会・横浜WINDの2チーム共に
感動のゴールを迎えることが出来ました。


横浜中央走友会 横浜WIND
 1区(陸上競技場〜青年の家) 岩堀 朗 0:18:47 堀江祐也 0:21:16
 2区(青年の家〜馬返し) 和田 浩 0:23:06 村上一弘 0:24:13
 3区(馬返し〜太郎坊) 森 研之 0:23:37 谷 潤太 0:25:33
 4区(太郎坊〜二号八勺) 吉田精作 0:32:33 粂 正夫 0:40:05
 5区(二合八勺〜七合五勺) 高橋智之 0:57:39 堤 雅也 0:59:29
 6区(山頂区) 高橋定雄 0:54:15 佐藤宣貴 0:53:23
 7区(七合五勺〜二合八勺) 高橋智之 0:08:32 堤 雅也 0:09:39
 8区(二号八勺〜太郎坊) 吉田精作 0:08:28 粂 正夫 0:09:13
 9区(太郎坊〜馬返し) 森 研之 0:14:30 谷 潤太 0:14:28
10区(馬返し〜青年の家) 和田 浩 0:13:20 村上一弘 0:14:36
11区(青年の家〜陸上競技場) 岩堀 朗 0:16:25 堀江祐也 0:16:56
総合59位 4:31:12 総合85位 4:48:53


御殿場市陸上競技場 −1・11区−
横浜中央走友会/岩堀朗・横浜WIND/堀江祐也
山本幸一・吉富秀子・高木晶子
 
  −1・11区− 岩堀 朗

こんな大きな駅伝に出させていただきありがとうございます。登りの1区では自衛隊や箱根駅伝常連校と同じスタートラインに立てて嬉しかったです。レースでも何回か試走したおかげでうまく登りきることができました。しかし、下りの11区では始めに飛ばしすぎたせいか2km過ぎに腹痛をおこし大きくペースダウンしてしまいました。
それでも何とか順位を落とさず無事にテープを切ることができました。ここまで頑張ることができたのは、朝早く出発された応援&サポートされた方々のおかげでもあると思います。本当にありがとうございました。


−1・11区− 堀江 祐也
今年も富士登山駅伝を走らせて戴きましたが、またも不本意な結果に終わってしまいました。
昨年の失敗をもとに山での走り込みを行ってきましたが、成果が表れませんでした。 また、来年走らせて頂けるなら更に更に走り込みたいと思っています。
10/5に行われる東日本駅伝で名誉挽回したいと思います。
応援とサポーターの皆様、本当に有り難う御座いました。
陸上競技場サポート 山本 幸一

スタート・ゴール地点のサポート担当 山本です。長い梅雨もようやく明けて、快晴の中で富士山は笑顔でランナーの皆さんを迎えてくれたようですね.
特に、朝の御殿場ステーションホテルを出るときの選手の緊張した顔は、「気」がほとばしっていましたよ。我がチームより初めての2チームの参加で、相互に「やる気」を競い合って欲しいと願っていました。
各区間でのマッチレースは期待以上に効果があったようで、すばらしい結果に選手のみなさんは勿論、サポートの我々にも同様の感動を得ました。
選手・サポートのチームワークで勝ち取った栄光ですね。
アンカーの岩堀くんがゴールへ運んだ黄色の襷には、皆さんの汗の香りが滲んでおり、頂上で押されたスタンプがとりわけ大きく見えました。
最終区のゴール1 Km手前で、吉冨さんからの選手通過の連絡を得てゴールで待つ瞬間は、カメラが震えるほどの感動を感じていました。
来年はさらなる大きな感動を求めて、選手のみなさんの健闘を祈ります。


  陸上競技場サポート 高木 晶子

選手の皆さま、お疲れ様でした!!私は、山本 幸一さんと吉冨さんと1区のサポートで参加しました。
スタート前は雲が出ていて、涼しいくらいでした。速そうな人達ばかりでアップをしているのを見ているだけでも迫力がありました。直前になると日が出てきて、それと同時に岩堀さんと堀江さんの緊張も伝わってきました。いよいよ!スタ-トです。すごい勢いで競技場を掛け抜けていきました。ちょうど真中辺りを走っている岩堀さんを発見しました。
スタート後は、テレビ中継を見れる場所が用意されていたので、そこで観戦しました。日大の選手がダントツでした。
一台のカメラでしか選手を追っていない為、中継点での映像が無かったのが残念でした。1区を見終わり、時間があったので、青年の家まで走りました。到着すると、岡さん、黒木さん、海瀬さん、末安さんがいらっしゃって、ちょっとした宴会(?)を楽しみました。また競技場まで走って戻り、山本さんは、ゴールシーンの写真を撮る為に競技場に残って下さり、吉冨さんと私はラスト1km付近で応援しました。皆さん、襷をかけての走り、とてもかっこよかったです。
まず、岩堀さんが無事帰ってきました。そして、堀江さんも。上りを走られた後、堀江さんの足の状態があまり良くないようでしたが、声を掛けると応えて下さって、うれしかったです。来年は、山のサポート隊として、参加したいです。
青年の家 −2・10区−
横浜中央走友会/和田浩・横浜WIND/村上一弘
岡順二・黒木純子・海瀬繁子・末安誼典
−2・10区− 和田 浩

岡さん、黒木さん、海瀬さん、末安さん、村上さんと青年の家へ。練習不足と初出場ということで不安だったが、周囲の雰囲気に気持ちが高ぶってきた。100人以上しかも真剣勝負の中継所は大混雑。目を凝らして岩堀選手の姿を探す。「62番」がアナウンスされる。ついに来た!

襷をもらってから、すぐに鶴見RCの飛留間さんなどかなりのランナーにかわされた。現状の力ではやむをえない。みじめな気分だったが、とにかく気持ちを切らさず走り切ろうと我慢のレースだった。なんとか森選手につながった。タイムは23分ちょっと。

中継後、すぐに西内さんが迎えに来てくれた。田川さん、宮坂さん、古上さんも声を掛けてくれて、このチームで本当に良かったと思った。休憩中、山の区間がかなり頑張っているとの情報が入り、下りに向けて気合が入ってきた。

10区。森選手から襷を受け、無我夢中で下り続けた。区間後半は脚が持ちこたえられず限界寸前だったが、気持ちが上回った。ようやく岩堀選手の姿が見えたときは、うれしかった。

 走り終えた。タイムを見ると、13分20秒。速いのか遅いのかよく分からないが、不思議と充実感があった。黒木さんが冷たいタオルを首にかけてくれて、富士登山駅伝っていいなあと思った。


青年の家サポート 末安 誼典


こちらは、2区、10区スタート地点の「青年の家」中継です。
2区ランナーは和田さん、村上さんです。元気いっぱい準備万端のようです。
ここのサポーターはベテランの岡さん、海瀬さん、黒木さん、それに初体験の末安です。

皆さん、経験豊富でてきぱきと準備、連絡、情報交換等鮮やかなリレーアクションです。
日陰に場所を確保、オリジナルな飲み物、食べ物、余裕の笑顔が揃っています。

8時、祝砲が遠くに鳴り響きました。駅伝のスタートです。
十数分後、1区ランナーの岩堀さんから和田さんへ。堀江さんから村上さんへ襷が繋がりました。
胸が熱くなり、つい、大声で応援している自分がいました。

中継点での、コール、ユニフォームの保管、選手の補助等、初めての経験でした。
来年はもっと選手の皆様の気持ちにたって準備していきたいと思います。

高嶋監督、選手の皆様、本当に感動を有難うございました。特に粂さんは、選手、運転手、会運営等大回転のご活躍でお疲れになられたことだろうと思います。
本当に有難うございました。
馬返し −3・9区−
横浜中央走友会/森研之・横浜WIND/谷潤太
田川千賀子・西内麗子・古上昌幸・宮坂勝子
     −3・9区− 谷 潤太

3月の駅伝で捻挫と剥離骨折をしてから,3月4月はほとんど走れず,5月6月はちょっと走っては痛みが再発し,また休養という状況が続きほんとーにつらい状況。走り始めて丸7年。故障らしい故障をしていなかったことから,昨年の半月板手術と今回の捻挫は「走れない」つらさを身をもって体験しました。
 こんな状況で8月3日の「富士登山駅伝」を走ることができるのか,大会が近づくにつれて,だんだんと不安な状況になってきました。個人レースならば,途中棄権もありかもしれませんが,駅伝となるとそうはいきません。

 大会当日は,江花さんの車で御殿場に向かいましたが,車のなかでも不安な状況が続きました。3区の中継点「馬返し上」についてからは,得意の開き直り(?)で「久しぶりの大会だわ,楽しむわ!」という気持ちに変わってきました。
 アップをしてからコールまでは順調にこなし,出走の時間が迫ってきたときは,かなりわくわく(^0^)してきました。
 村上選手からたすきを受け取って,いよいよスタート!「ラストの1kmからがつらいんですよねー」と江花さんやともちゃんから聞いていたのに,「おいおい最初からきついじゃん」。
 途中,自衛隊の方の声援を受けながらただひたすら下を向きながら,リズムを乱さないように「いちにたにくん,そーれたにくん」と自らに声をかけながら登りましたが,ラスト1kmはほんとーに歩いているような状況となりました。ここで,ラスト100mぐらいのところで,高嶋監督と菊地さんに声をかけられ「ラストスパートよーーーっっ」と自らを奮い立たせ,無事に粂さんにたすきリレー。
 でで,良かったのはそのあと。福田さん,永瀬さん,佐藤さんが「おつかれさまー」と声をかけてくれて,冷たいタオルで首筋を冷やしてくれたり,グレープフルーツをいただいたりときは「ぼくってしあわせ!」とおもわずにやけてしまいました。
 
 下りの9区は,粂さんからのたすきを受けたかったのにー,残念なことに繰上げスタートの号砲。ここは,「最後尾から何人抜けるか楽しみましょ!」と常にレースを楽しむことを忘れないたにくんは,1kmまでは超ゆっくり通過して,それからは猛烈なスパートの開始じゃー!他人が10歩でいくところを1歩で行こうと豪語したとおりの走りを満喫しました。(いっやー満足満足)

 翌日は階段を降りられないほどの筋肉痛になりましたが,捻挫した左足の痛みも再発せず復活に向けた手応えを感じました。
 それと,今回は家を出るときに,クローゼットにしまってあるかぶりものコレクションは同伴しませんでしたが,上位をねらえる大会にはぜひともご披露したいと思いますわ。    おほほほーっ。           おわり
太郎坊 −4・8区−
高嶋威男総監督
横浜中央走友会/吉田精作・横浜WIND/粂正夫
福田妃佐子・佐藤直子・菊地早苗・永瀬菜穂子
−4・8区− 吉田 精作
初めて富士登山駅伝を走らせてもらいましたが、"試走"の重要さを実感しました。
コースは単に"タフ"という言葉だけであらわされるものではありませんでした。私が走った4区は、わずか2.8kmほどのコースでしたが、我慢のしどころや勝負どころなどいくつかのポイントがあったと思います。2度の試走である程度ポイントを抑えることができ、自分なりのレースプランを立てることができました。
大会当日も、落ち着いてマイペースを貫き自分の作戦通り走ることができました。
久々に会心のレースでした。目標としていたタイムには少し及びませんでしたが、レース後半で何選手かを抜くことができたので気持ちよく襷をつなぐことができました。
下りの8区のほうも、なんとか気合で乗り切れました。下りの練習は、大会直前になってはじめたのであまり力をつけることができなかったのが残念です。これからは下り坂の練習も、シーズンを通して積極的に取り入れ、強い下半身を作っておこうと思います。
高嶋監督はじめサポート隊の皆様、応援の皆様、熱いサポートと応援ありがとうございました。熱い応援が力になりました。
この勢いで、秋のマラソンシーズンでも結果を出せるようにがんばりたいと思います。

−4・8区− 粂 正夫
チームやサポートの皆さんからの不安と心配を一身に受けて、襷を引き継いだ瞬間から意識は「脚を前へ!上へ!」という気持ちだけでした。
タイムはともかく、何とか与えられた任務を遂行出来たと思っています。

それにしても、過酷なそして素晴らしいレースを体感させていただきました。 そして、仲間との絆と新しい仲間と数々の感動も戴きました。

さすが、創設25年の歴史と伝統の横浜中央走友会、他のどのチームよりも選手とサポートの息がピッタリ合っていました。 
来年は更にステージを上げて上位を狙いましょう!!
   
太郎坊サポート 菊地 早苗


富士山を見上げてドキドキ。選手達の緊張が伝わってきてドキドキ。なんだかとてもドキドキしました。
連絡係といえども,なかなか電話はつながらず・・・。気持ちを切り替え,応援に集中しました。
過酷なレースなのに,皆で力を合わせて走り切る喜びと,選手を厳しくも優しく包み込む自然に感動しました!本当に良かったなあ・・・。
皆様お疲れ様でした。



   太郎坊サポート 永瀬 菜穂子


 皆様お疲れ様でした
私にどんなサポートができるか緊張しましたが選手の皆さんの笑顔で気持ちが楽になりました。 さすが頼もしい先輩たち。
 ゼッケンコールを経験させていただきありがとうございました。



考えたのは立ち位置です。
登りは4区選手がたすきをかけて走る態勢になったところで写真が撮れ、3区選手にすぐ戻ることのできる鳥居の前に。
下りは勢いあまって転んでもすぐに支えられるよう少し下がって、すぐ止まれれば駆け寄れるような場所に立ちました。


 待ち時間、干したはずのゼッケンつきTシャツがなかったときは!!!打ち首だよ!!!。
谷さん、いいんですけど着るなら着るよと言ってください。


最後に温泉で集合したとき離れ離れの場所でみんながんばっていたんだなって再会がうれしかったです。
二合八勺 −5・7区−
横浜中央走友会/高橋智之・横浜WIND/堤雅也
江花逸人・濱田玲子・瀬川智美
−5・7区− 高橋 智之

レース前日、懸念された高山病の兆候が夕飯時には激しくなってきました。
頭痛薬を飲んで寝ましたが、薬の効果もなく魔の一夜が始まりました。寝ていても吐き気をもよおして、深夜に何度も山小屋を飛び出して吐いてしまいました。
朝になっても少し頭痛を感じたので頭痛薬を飲みましたが直後に吐いてしまいました、この時だけは「走れないかも」と茫然自失になりましたが、ここまで来て走らないわけにはいかないと気持を奮い立たせ、壁のような山を走り始めましたが思うように順位を上げられなかった為、最後の力を振り絞って下りで少しでも順位を上げなければの思いで懸命に走りましたが2度も転倒してロスタイムを余儀なくされました。
レース直後は、体調のわりには無難に走れたかなとの思いが有りましたが、数日経過後の今は、自分の区間で大幅に順位を上げれなかった無念な思いですので、来年に向けて一から出直しです。
最後に、高山病にかかり、特に山小屋で一緒だった方々にはご迷惑をかけ申し訳ありませんでした、今年も良い夏の思い出を作らせて頂きありがとうございました。

    二合八勺サポート 江花 逸人

今年こそは正選手として!と暖めていた情熱もここのところの体調不良で消えかかっていましたが、走友会&WINDのサポートとして昨年と同じく登れるとことなり楽しみでした。やはり砂走りからのタスキリレーが見られるここは最高の観戦ポイントです。吉田さん、粂さん各々が力の限りを尽くして登ってくる姿、顔に砂を被りながらの高橋さん、サングラス姿の堤さんが山の上からかっとんで来る姿は素晴らしく輝いていました。昨年は当チームだけでなく怪我の多いレースでしたが、今年は見事なタスキリレーと全員の無事な姿が見られ本当に最高のレースとなったようです。来年も今年に勝るチーム編成で挑みましょう!

  二合八勺サポート 瀬川 智美

上りでは根性を、下りでは勇気を見せられました。特に、ものすごい勢いで下ってきた選手が「あとを頼んだ!!」と叫びながらたすきをたくし、そして大回転しながら落ちていくシーンが感動的でした。
横浜中央走友会の選手も素晴らしかったと思います。選手とサポートと一丸となってみんな頑張っていました。お疲れ様でした。


−5・7区− 堤 雅也

富士物語2003 −霊峰富士に挑む!!−

初めて感じるこの思い。いったい何。。

適度な緊張感のなか、麓から心地よい風が吹き上げてくる。

優しい風の中に立ちながら、仲間の熱い思いが、苦しみながら走る人、その人たちを支える手が、精一杯の声で応援する人々が、いろんな風景が頭を駆け抜ける。

「88番きます。」下を向きひたすらに走りつづける姿、「ガンバレー」大きな声援。

目の前に襷が届いた・・・汗と声援と暖かさと優しさ、そして勇気がしっかりと染み込んだ黄色の襷が・・・。

走ってきた人の数以上の・・・沢山の応援している仲間の想いがしっかりと結ばれている。

「無理せずに・・」背後に聞こえる優しき声援。不覚にも涙・・・・。

みんなで挑む霊峰富士に気持ちを結ぶ襷を運ぶ。

そんな襷を渡すとき、その人は人の一生懸命さ、優しさを運ぶ風となった。

霊峰富士の希薄な空気が、さらに感情を高ぶらせ、その時、過酷な霊峰富士の登山道は、仲間の気持ちを伝える風の道に変貌し、輝かしい人の華が咲き誇る。

七合五勺 −6区山頂区−
横浜中央走友会/高橋定雄・横浜WIND/佐藤宣貴
永山喜雄・城間/平石一男・興津雅樹
−6区山頂区− 高橋 定雄
 富士登山駅伝は4回目の参加であった。今回は気持ちもタイムも良くなかった。5週間前にサロマを走り疲労が癒されないまま富士登山競走で完走した。その1週後が駅伝だ。登りは49分台でいき、下りは14分台かかった。くだりの抑えが効かなくなった。
  前日親指6針を縫う怪我もたいした影響はないが気持ちは少し暗かった。もう少し体調を整えて挑戦したい。今回 、佐藤信貴さんに負けたのが悔しくもありうれしくもありました。永山さん城間さんはじめサポターの方々に大変お世話になりました。

−6区山頂区− 佐藤 宣貴

今日は山頂まではっきり見渡すことが出来る。7合5勺の中継点、「88番、入ります」、というアナウンスの声で中継ラインに立って時計を見ると10時50分を少し回っている。良い緊張感が身体をはしる。太郎坊、12時の繰り上げスタートに間に合うかどうかの微妙な時間、でもこの時間で来るということは4区の粂さん、5区の堤さんもかなり頑張ったんだと思い感動した。                              直前の1ヶ月間で体重も4kg程落ちて調子も悪くない。88番のアナウンス、堤さんが来た!!、最後まで必死の堤さんの走りに再び感動した。皆の頑張りを決して無駄にはしたくない、襷をつなぎたい!!、頑張る!!登り口でダイハードの岩崎みゆきさんや前日に初めてお会いした鎌倉市役所の方が応援してくださった。練習よりも少し速いペースで8合の山小屋までを走れた、中継点から約10分、練習の時よりも2分程速いペースで走れ、ここまではなかなか良いペース。上はあまり見ず、ひたすら足元を見つめて登る、今までの練習を無駄にしたくないという思いで登った。
 自衛隊の方達が道を一生懸命あけてくださり、途中途中で沢山の自衛隊の方達や登山客の方達が声援をくださった。見知らぬ走友会の方が「そのペースでいい、立ち止まらなければ今のペースでいいよ」と大きな声援をくださって嬉しかった。
 山頂に大きな「横浜中央走友会」の横断幕、山頂の山門の下に平石さんがいて写真を撮ってくださった。ありがとうございました。
 折り返しの下りは思いっきり突っ込んだ。去年は下りで足の疲れを感じたけど今年は足はまだまだいける感じだった。最後のコーナー手前の直線、これで今年の駅伝の走り納めかと思うと自然とスピードが上がった。最後のコーナーは少し段差があり危険な場所とは知っていた。そこにスタッフがいて声援をくださった、コーナー手前でさらにスピードを上げてコーナーに突っ込んだ。自分でもクレージーな行為だと思ったがいけると思った。スタッフが声を飲み込んで青い顔をした気がした。中継点に堤さんが見えた。      繰り上げスタートになったとしても、タイムよりも仲間の皆の頑張りに大きな拍手を送りたい気持ちだった。
 山小屋での貴重な体験も含めてとても楽しい2日間でした。永山さんと城間さんには本当にお世話になりました。打ち上げも楽しかったです。お忙しい中、応援してくださった走友会の方々に本当に感謝の気持ちで一杯です。来年、また走らせていただけましたら、漠然と練習するのではなくもっと走り方を研究して良い走り出来るよう頑張りたいと思います。本当にありがとうございました。
7合五勺サポート 永山 喜雄

初めての山頂区のサポートについて(反省) :
山頂区サポートも初めてでしたが、富士山の五合目より上に登ったのも初め・・・
ウキウキ気分の観光気分で現地に向かったのですが・・・

@七合目を目指して登り始めるも仕事に追われ練習不足の体には歩いて登るが精一杯。
 (弛んだ身体には辛いな・・・)
A選手の方々のアクシデントが起きるたびに「代わりに走ってね・・・」との悪魔の誘い。
  何度、山頂の神様に向かって両手を合わせて、「みんなが無事に走れますように」とお願いしたことか・・・
 (走れと云われても一番厳しい区間なんか走ったら死んでしましますよ・・・)
B山小屋の夜の狭さは、寿司詰めを通り越して、頭が痛いのは人が多い為の酸欠かなかな・・・
(寝ながら来年は来るものか・・・)

数々の苦難もありましたが、やはり凄い駅伝です。こんな狭い険しい道を走って登り駆け下りて行く。
富士山と云うフィールドで人間の限界に挑戦する駅伝!素晴らしいの一言に尽きます。

反省として
@選手の方々が休息出来る体制に不備があり、完璧なサポートが出来なかったこと。
A電波の関係で私の持っていた携帯は使えなかった為にチームとしての連携が取れなかったこと。
B走友会の横断幕等を持って行かなかったこと。

数限りなく有りますが・・・
以上の反省点を踏まえ、今から来年の山頂区サポートに城間・永山で立候補致しますので
宜しくお願い致します??? 
山頂区サポート 興津 雅樹 

標高差3200m,日本一過酷な富士登山駅伝。生まれて初めて富士山に上ってみて,とても人が走って上れる処ではないと実感。前日夜9時半に平石さんの車で戸塚をたち,夜半過ぎに富士宮口5合目駐車場へ,4時から登りましたが,9号5尺を過ぎてからは,3,4歩上っただけで息があがる。
TVに写ると思われる場所に中央走友会の横断幕をはり,幟を立てる。10:30頃滝ヶ原自衛隊がダントツでやってくる。流石に速い。私は浅間神社で襷に印を押す処を撮ろうと,又山頂へ。暫くして62番,高橋先生がくる。前のチームを待ち,2,3秒ロスしたか。15分程で佐藤宣貴さんが来た。調子は良さそうだ。息子のデジカメを借り,撮り方を教わったのだが,宣貴さんのは撮れていなかった。宣貴さんごめんなさい。 m(_ _)m
鶴見RCを見て駐車場へ降りたが慰労会には間に合わず。来年は駅伝コースを駆け下りて間に合わせたく思っています。

28回富士登山駅伝競走大会総評    総監督 高嶋 威男
        28回富士登山駅伝競走大会総評

チーム編成は、選手の練習目標を立て易いように、また初めての出場者には、区間を出来るだけ多く練習を積んでもらいたかったので、今年は早い時期に行いました。しかし予定した選手が走れなくなり、高橋智之君、粂さんには無理をお願いすることになりました。来年はチーム編成の時期、方法を考慮したいと思います。

 タイム・順位は、選手個人には満足できない人もあると思いますが、チームとしては予定通りの成績だったので満足しています。富士登山駅伝のレベルの高さ、過酷さに打ち勝つ練習を普段からやっていく必要があると実感してます。若手には、今後のレベルアップの刺激剤にして欲しいです。

 快く引き受けていただいた24名のサポート隊は、他のチームが羨ましがるほどの充実した体制でした。前泊してくれる人があと12名居てくれると、さらに良かったと思います。また20名弱の方々から多額のカンパを頂き大変助かりました。

最後になりますが、横浜中央走友会の歴史と組織力のバックアップに感謝する次第です。                          


2003/7/19
富士登山駅伝
合同練習会

今日は8/3富士登山駅伝に向けての合同練習会です。 メンバーは鶴見RCの3名と宮崎さんのお友達でオープン参加の福島さん、そして、横浜中央走友会と横浜WINDのメンバーの12名が参加しました。
前回同様に東名道足柄SAでの待ち合わせでしたが、山頂方面アタック組は先行しています。
御殿場市陸上競技場で高嶋総監督が練習メニューと練習区間を説明して各自持ち区間の地点に移動しました。 2回目という事もあり、もうこの辺は右往左往する人は誰もいません。 みんなの気持ちピッタシかみ合っています。
高嶋総監督サポートのロード練習は岩堀クンと近藤君、タイム計測を含め2往復キッチリと走り込んだとのことです。
山内練習の方は、山頂方面アタック組は高橋定雄・瀬川智美・佐藤宣貴・堤雅也の4人です。
時間差で鶴見RC5.7区・6区山頂区ランナーと8/25富士登山駅伝競走大会に初参加の福島さんが続きます。 
4.8区担当の吉田・粂は砂礫の持ち区間を2往復攻めました。 2往復目の登り途中で早帰りの佐藤・堤ペアが凄い勢いで降りてきました。7合5勺で折り返してきたそうです。
高橋・瀬川ペアは山頂へ向かったとの報告でした。
吉田さんが山中湖合宿(なんか面白いグループに関わっているとのこと、詳細は??)へ向かった後太郎坊駐車場で待っていると、鶴見RC2名と8合5勺まで行った福島さんが元気に下山してきました。 山頂方面は風がとても強いらしく、高橋・瀬川ペアが心配です。  しばらくしてお二人も無事に帰ってきました。 ともちゃんは富士山山頂初制覇に嬉しそうでした。 高橋先生のシューズからは砂礫が小山を作るほど沢山出てきました。

無事に合同練習会が終わり、横浜リターンの途中でチョット遅い昼食会。 
参加された皆さんお疲れさまでした。

ともちゃんはこれから21時までバイトだって・・
いつも元気なともみレポート         横浜中央走友会/瀬川智美
富士登山駅伝の試走について行きました。昨年は123区を走ったので、今回は456区に挑みました。
4区→砂浜を走っているようでした。地面を蹴ってもズズズと足が後ろに滑り、力が逃げてしまいます。アキレス腱がはってきて歩きました。
5区→地面が少し固くなってきたので蹴ることは出来るのですが、坂が急で大股で歩くのがやっとでした。また距離も長かったです。
6区→さっきまでの砂のサイズが大きくなり石になりました。グラグラ足元が不安定で、やっぱり歩きました。(←ようは上りの9割は歩いたんです。)
ここから霧の中に入り一気に気温が下がりました。
しかし、かるがもマラソン以来の高橋定雄・瀬川智美コンビは頂上まで登ってきました!頂上に着いた瞬間タイミングよく堤さんから電話がかかってきて、ありのままに感動を伝えました。
しかし喜んだのは束の間。寒くて寒くて駄目でした。
山小屋へ逃げ込み温かい物を食べ、体を内側から温めました。高橋さんが防寒着を上下とも2枚持っていて、1枚ずつ貸してくださいました。そして外に出てiショットを1枚撮ったら、ブルブルと全身に震えがきてまた一気に寒くなりました。山頂は本当に寒かったですよ!真っ白で何も見えなかったですし。

そしてすぐ下山しました。
高橋さんに支えてもらいながら走って下りました。下り始めてすぐに高橋さんがヘッドスライディングするように転びました。途中で私は後ろに転んで横に回転し斜面と垂直に寝転ぶかたちで止まりました。
怖かったです。有無を言わせず走らされました。ギャーギャー言いながらもだんだん高橋さんと息が合ってきて走るスピードが加速されていきました。無事に帰ってこられて何よりです。
ちなみに5合目〜頂上は3時間半くらいでした。
富士登山駅伝の大変さがよーーーく分かりました。全区間そうです!!

選手の皆さんを尊敬します。

最後に、富士登山駅伝に参加される選手の皆さん、当日は頑張って下さい!!!
         終わり

2003/6/29
富士登山駅伝
合同練習会


サロマ湖&富士登山駅伝コース走られた皆さん、サポートされた皆さんお疲れさまでした。

私は1区を走るため、御殿場市競技場から太郎坊を1往復したあと、受け持ち区間である1区のコースをもう1度走りました。一度降りてからまた登るのはきつかったです。それでもコースを走れただけでも良い収穫でした。駅伝練習だけでなくマラソン練習にもなったような気がします。
今月19日の合同練習も参加しますのでよろしくお願いします。
       横浜中央走友会/岩堀 朗 
 日曜日の富士登山駅伝の練習会に参加させていただいた本釜です。
みなさんには、大変お世話になりました。
 総監督の高嶋さんや、サポーターの粂さんはじめタフな女性陣の方々の側面支援でなんとか練習について行けました。しかし40km近く走るとは思っていませんでした。最近練習不足だったためときつい登り・下りの走りで現在、足がぼろぼろです。階段を降りるのが非常に辛く感じます。
 内容はきつかったですが、自分の弱いヶ所を確認でき、さらにじっさいのコースを試走できて本当によかったです。ぶっつけ本番だったとしたら、たぶんつぶれたでしょうね。

練習会のあとの公共温泉浴場も、汗や疲労を流すには最高でしたね。
はじめてお会いする村上さん、堤さんや和田さん、佐藤さん、吉田さん岩堀さんもみなさん面白い方ばかりで、風呂上がりのビールにつまみはなかったですが、会話がつまみ代わりでしたね。

19日の練習会も今度は、RCの他のメンバーも参加すると思いますが、
またまたよろしくお願いいたします。
       横浜鶴見RC/本釜 善文

富士試走・合同練習会の参加の皆さん! お疲れさまでした。
御殿場陸上競技場〜太郎坊の往復の後に自分の持ち区間を攻めた横浜鶴見の本釜さん・和田さん・岩堀クン・森クン・村上さん、頑張りましたね。40km近く走っちゃったと聞いたときは驚きです。
4区を攻めた高木さんと永瀬さんと粂も頑張りました。 4区1往復後太郎坊〜御殿場登山道入り口を一人ランした高木さん、今秋フル初完走への意気込みを感じました。 4区2往復の永瀬さん、厚木荻野走友会からドリームレディースですか?と聞かれ嬉しそうでしたね。
太郎坊〜山頂往復組の佐藤宣貴・堤・吉田さん3人組は、快晴無風の富士山山頂を堪能したそうです。
3グループに分かれて、それぞれ内容の濃い充実した練習が出来たようです。 総監督の高嶋さん、お疲れさまでした。
       横浜中央走友会/粂 正夫
本日は、富士練習会お世話になりました。
山頂まで行ったために遅くなり、皆様方をお待たせして申し訳ございませんでした。
練習の方は、高山病?の頭痛の対処をしなければと考えさせられるよい練習が出来ました。
本番は、楽しく襷が繋げるよう頑張りたいと思います。

19日は、未定で、出来る限り都合をつけたいと思っておりますので、またよろしくお願いします。
       気象庁陸上部/堤 雅也
今日はありがとうございました。
 
  今日は3つのコースに分かれての練習でしたが、上の方は青空が広がって比較的暖かかったです。粂さん、嘘ではありません(笑)やはり1人で試走するより皆で練習した方が楽しいですね。今日は本当にとても良い練習になりました。とても楽しかったです。
 また温泉会館にしばし釘ずけにしてしまいましてすいませんでした。
 本当にありがとうございました。
      横浜中央走友会/佐藤 宣貴