2005/4/17
第21回
全日本トライアスロン
宮古島大会


-ストロングマン 新たな感動のステージへ-

STRONGMAN
ALL JAPAN 
TRIATHLON 
MIYAKOJIMA



 高橋定雄/data

SWIM 3km   1:03:04   746/1211
BIKE 155km   6:11:56   785/1211
RUN  42.195km   4:45:54   545/1211
総合TIME   12:00:54
総合順位   638/1211




大会/data

1.第21回申込者数     1,834人/12ヵ国・地域

2.出場許可選手内訳
  合 計
県外 1,078 183 1,261
県内 107 7 114
宮古 70 7 77
外国 43 5 48
合計 1,298 202 1,500

3.完走者内訳
合 計
県外 878 137 1,015
県内 86 6 92
宮古 60 7 67
外国 33 4 37
合計 1,057 154 1,211

最終出場者数 1,295 1,121
174
リタイヤ者数 84 スイム 6
バイク 24
ラン 54
完走者数 1,211
完走率 93.51%

4.大会当日の気象状況
天 気 くもり 6:30
水 温 22.3 6:30
気 温 20.5 6:30
風 速 5.2 B-C地点6:30
風 向 東北東 6:30
潮 流 10.0m B-C地点6:30
湿 度 71% 6:30
最高気温 24.7 12:58
最低気温 18.9 7:27
平均気温 21.6 -


2005/4/17宮古新報朝刊 -高橋定雄さんのコメント(写真入)と前列右端-


第21回全日本トライアスロン宮古島大会
横浜中央走友会/高橋定雄

1.クラブメンバーと
全日本トライアスロンクラブ(ATC)のメンバー20人と一緒に参加した。
2005年4月17日、午前3時起床。 4時朝食。 5時バスで会場まで移動。
バイクのトランジッションの確認。 スイム後の着替え場所の確認。 スイム・バイク・ラン3種目の繋がりの確認。 6時に大粒の雨が降った。 どうなることかと思ったが7時に予定通り行う決定がされた。 スイムがない場合は6kmのランが待っていた。 ウエットスーツに着替え、ランの袋を預け、スイムスタート地点まで歩いた。


2.スイムスタート=午前7時30分=
1300名が150mの直線コースに並んだ。 スタートの合図とともに水しぶきをあげながらトップクラスの選手から次々と海に入っていった。 変形台形のコース3000mを泳ぐ。 私は後ろからゆっくりスタートをしたつもりでいたのだが初めの300mはバトルで苦労した。 前の人にぶつかる後ろの人に叩かれる左右からぶつかってくる。 泳ぐと言うよりも隣の人と接触しない距離を保ちながら進む。 バトルの中にいると「ここで溺れたくない。無理しないで浮いたり止まったり休んだりすることも大事だ。」等と自分に言い聞かせた。 1000m位で混雑しなくなった。 最短距離のコースは集団で進んでいた。 私は外側から大回りをしながら進んだ。 水の中を見る余裕も出てきた。 水の色が透明で光に反射して青・白の澄んだ海が良く見えた。 小魚が沢山泳いでいた。 サンゴやキレイな魚を見ながら泳いでいると幸せな気持ちになってきた。 レースを忘れたかのような瞬間が流れていた。
1000mの距離表示で「三分の二地点だ、落ち着いてエンジンをかけよう。」と独り言を言った。 先が長いので慌てないで丁寧に泳ぎきることを心がけた。 2週間前プールで3kmを58分で泳いだ。 海だしバトルもあるので65分を設定していた。 結果は62分だった。 今の自分の実力通り泳げたことに満足している。 海から上がってきたときは、ほっとした安心感を味わった。 海に入る前はアクシデントで溺れるのではないか?足がつったら?等不安なものである。 水から上がると命の危険は少ないのではと思った。

3.魔性のネジ=禁断のネジ=
バイクに乗ってしばらくして、いつものスピードが出ないので気になっていた。 ギアーがトップに入らず3段目で止まってしまう。 スピードは時速25〜28kmぐらい。 ペダルも重い。 我慢してこいだ。 75km地点にメンテナンス所がある。 そこまでたどり着くとすぐに見てもらった。 エンジニアは「よくピットインした。これは禁断のネジだからさわったはいけなかったんだ。直したぞ。今度は軽くなったぞ。空気も入れた。サドルの高さも上げた。さぁ行け!!」と言った。 お礼を言って飛び出した。
後半の80kmは速度が時速30〜38km出た。 挽回しようとして脚に力が入った。 ランのことを考えて下りは少し息を整えたりストレッチをしたりして体を労わった。(後で笠原さんに聞いた話だが、下りでも脚を使い続けることで無理のない疲れない力を発揮することが出来る・・・・ と。 ランで走れなかったことを思うと貴重なアドバイスだ!!)
後半は思ったようにバイクを操作することが出来た。 前半の75kmを3時間半、後半の80kmを2時間半かかったことになる。 前日触れてはならぬネジを締めたことを後悔した。 
バイクの難しさを改めて教わった。

4.得意なランに裏切られ
2時間以上歩いてしまった。 フルマラソンを30回走って一度も経験したことのない屈辱を味わった。 
最初の10kmまでは脚を慣らすためにキロ5分ペースで進んだ。 トライアスリートはキロ6分位の走りだ。 私が5km進む間に100人追い越した。 10km地点では200人抜いていた。 こんな調子で走っていいのかなあと思いつつ走っていると、少しずつ痛み出していた右ふくらはぎに激痛が走った。 バイクで焦ったつけがまわってきた。 15kmまでの5kmに30分かかった。 もう前の人は抜けないし歩きも入れて人の波についていくだけ。 20kmまでは32分台。 キロ6分半だと今度は抜かれるようになった。
ここからが大変、右ふくらはぎをかばって走ったため左膝上が痛みだし、とうとう走ることが出来なくなった。 25kmまでは41分、30kmまでは38分。 痛みに耐えながら歩き、気を取り直したように走りも入れ我慢した。 「何でこんなことになったんだろう」一番得意なランで裏切られた思いだ。 こうなったら何としても完走して横浜に帰るぞ。 と言う気持ちになった。 エイドでは体力を維持するためにいろいろなものを食べさせてもらった。 氷水・パン・オレンジ・バナナ・梅干・おにぎり、ありとあらゆるものを食べながら歩き走った。

5.仲間からエネルギーを
35kmまで39分。 日が落ちて暗くなりかけていた。 黙々と走り続けて私を追い越していく。 この人達の走り方を見て感動した。 キロ7分半の走りは本当に遅く感じる。 しかしその遅い人よりも私自身が遅いので客観的に眺めることが出来た。 後ろの集団にいる人たちの完走に対する執念が伝わってきた。 どのフルマラソンでも後半の日は黙々と走っている。 速いランナーの2倍の時間をかけて。 後ろで走っている人の気持ちが初めて分かった。 
私は制限時間もあるがリタイアしようなどとは一度も考えなかった。 痛みと付き合って最悪完走はしようと思った。 最後まであきらめないで黙々と歩き走っている名もないトライアスリートの仲間からエネルギーを貰った。 ゴールまでの7.195kmは53分で歩き通した。
20kmから3時間近く歩いたことになる。 4時間45分のランであった。

7時30分にスタートし19時30分にゴールした。 「あのおじさん今にも倒れそうだね」ゴール会場に入ったとたんにこの言葉が聞こえた。 誰のことかな。 あ。 あのおじさんは、今ここにいる高橋定雄だ。 

本当に苦しかった。  そしてまた楽しかった。

6.初参加で得たもの
宮古島の自然が素晴らしい。 海が綺麗。 景色が綺麗。 人が優しい。 応援が熱い。 アスリート仲間の想いの深さ。
宮古島トライアスロンは多くの課題を与えてくれた。 まずは、バイクメンテナンス。 バイクのことを知ること。 上手に使いこなすこと。 修理修理の仕方等。 ランにつなげるための流れを確立すること。 3種目の課題が見えてきたのでこれからのトレーニングに生かせると思う。 
完走したことは大きな満足である。 しかしこの先リベンジも誓った。 もう少し準備し必ずや再び宮古島トライアスロンに挑戦する。 

大学のゼミの先輩青木さん始めATCのメンバーのみなさんに大変お世話になった。 
沿道の切れ目のない応援に支えられ完走できたことを幸せに感じている。

                            2005年4月18日 機内で