2007/4/28〜4/30

2007年勝手気ままにさくら道
…道草寄り道さくら道・・
=名古屋→金沢 260km=


勝手気ままにさくら道
…道草寄り道さくら道・・
=橋本玲子=


 4月28日午前7時  名古屋をスタート。勝手気ままなさくら道の始まりです。

 

今年は本当の意味でさくら道走り旅。まさに勝手気ままに、道草寄り道さくら道です。

当初は浜野さんとの二人旅を覚悟していましたが、今年もさくら道を愛する仲間が同じ時刻に集まり、14名にて名古屋をスタートしました。

嬉しい事に朝早くから横中名古屋支部の山田さんが見送りに来てくださいました。

そしてもっと嬉しい事に名古屋城前にて奥様がエイドを開いてくださいました。

朝3時に起きて作ってくださったお赤飯のお握りは最高のご馳走でした。

さくら道260km、最初で最後のエイドステーションでした。

ありがとうございました。一同感謝!感謝!

                

午前7時 名古屋をスタートし、夕暮れまでは抜きつ抜かれつのワイワイ楽しい走り旅でした。

スタート後22kmの一宮の裁判所、38kmの東名阪ガード下、61kmの美濃市役所、毎年エイドステーションを開いていただいた場所を通るたびにほんの少し寂しさを感じたりもしていましたが…

17:45 71km地点、日本の真中の道の駅美並に到着。

今年もここではカレーライス。昨年は暑さによる疲労のせいか、せっかくのカレーライスが食べられなかったのですが、今年は美味しく頂く事が出来ました。

道の駅美並を出発する頃にはあんなに暑かった気温もぐっと下がり、いよいよ初日の夜に突入。

 

 90km郡上八幡を過ぎ、大和町役場、そして113km白鳥町のコンビニにて夜食タイムを迎える頃には気温3度。

立ち止まっているだけでガタガタと震えてしまう。

こんなに冷え込むとは予想外の事。防寒着は薄手のベストとウインドウブレーカーのみ。

コンビニでカッパのズボンを購入し、どう見てもかっこ良いとは言えない姿に納得出来ないまま、背に腹は帰られぬ!とカッパのズボンを着用。かなり情けない格好。

手袋にはカイロを入れて、さあ出発。

気合を入れて走出したものの…来ました!恒例の睡魔が…

毎日消灯23時という規則正しい生活を心がけている私は、さくら道の最中だろうがなんだろうが、規則正しく睡魔はやってくるわけで、苦しい時間の始まりです。

寒さと眠気とまさに拷問…がしかし空を見上げると、冷えきった空気のせいでしょうか?今だかつて見た事もないような満天の星空がありました。

今にも星が降ってくるようなそんな素晴らしい星空でした。

そんな感動の中でも眠気は覚めず、半分眠りながらの歩き走りに膝はくだけ腰がくだけ、まるで酔っ払い。

やっと見つけたバス停で15分の仮眠。寒くて寒くて長くは寝ていられませんでした。

朝方蛭が野の分水嶺を過ぎ下り始めた頃には気温−1度。顔が凍りつく!

 

太陽が昇り始め少しずつ気温は上がり、着ていた防寒着を1枚1枚脱いでいくと体も軽くなり再び元気が出てきました。

荘川手前の御母衣湖ドライブインで山菜そばにて遅い朝食。勝手気ままなさくら道ですから。

お腹も一杯になりいざ荘川へ。

楽しみにしていた桜は満開のようでもありましたが、やはり花が少ない。

それでも幹は力強くみごとでした。

10:08 1度やってみたかったバスの旅。勝手気ままなさくら道、白川郷までの25kmはバスの旅を体験。

10:40 白川郷着。今回は絶対に食すると決めていた念願の飛騨牛コロッケ200円を買い、ムシャムシャ。熱々ホクホクで最高に美味。

そして第2のお目当て、白川郷温泉へ。勝手気ままなさくら道ですから。

温泉につかり極楽極楽!

ここまでの疲れを温泉で癒し、体も心もリフレッシュしてさあ、残り85kmへとスタートです。と、その前に第3のお目当て白川郷ときたら…五平餅とみたらしだんごでしょう。

昨夜は一時胃の調子が悪くなり心配しましたが、ここへきて胃袋絶好調!

 

13時、白川郷を後にし、飛越峡合掌ラインを抜け16時30分、上平の道の駅へ。

胃袋絶好調の私達はこの先の五箇山峠に入る前の腹ごしらえ。五箇山豆腐も忘れずに食べました。

夕暮れ時には世界遺産の菅沼合掌集落へ寄り道。

二日目の夜は五箇山峠の登りから始まり、頂上では3kmのトンネル。

そして下りではふくろうの鳴き声や、猿の鳴き声などにぎやかというより、少し不気味な峠道でした。

午後11時城端駅到着。そして休憩することなく福光、最後の難関県境の峠越えと進んで行きました

 

真夜中の県境峠越えは何度経験しても恐ろしい所です。

夜中の0時を過ぎる頃から気温が下がり始め、二日目の夜も止まる事を許させないそんな状況でした。

眠気で意識が朦朧としてきて、自分が走っているのか、歩いているのかも解からなくなり、一人なのか二人なのかもだんだん解からなくなってきていました。

明かりは手元のライトだけの夜道で何処が車道で何処が歩道かもわからない状態でした。

二日目の夜はさすがに疲労困憊。最後の力を振り絞って気力のみで進んでいるのですが、だんだん前を行く浜野さんの姿が遠くなり、気がつくと闇夜に浜野さんのしょっているリュックの反射板の光だけがぼんやりと浮かんでいて、しばらくすると、その光も見えなくなり、闇夜にたった一人取り残され、恐怖に全身鳥肌…

このころから遅ればせながら幻覚が現れ始め、真夜中なのに沿道に人がいたり、公園の中の建物がいきなり動き出したり、林の中で、真っ白い着物を着た人が立っていたりと、出るは出るは、恐ろしすぎて悲鳴まで上げる始末。

さくら道に幻覚は付き物だから…ここは絶えるしか仕方がないわけで…

終わってみれば幻覚なんて笑い話ですが…

 

午前3時49分、粂さんよりメールを頂く。「寒い?」

寒いです。寒くて寒くて凍えそうです。気温2℃。この寒さでは座って休憩なんて出来ないというのは解かっているものの、止まる事も許さず黙々と前を行く浜野さんの後姿に思わず叫んでしまう。「鬼!」

 

それでも朝はやってきます。

夜が明ければもうゴールは近し。兼六園を目指してゆっくりゆっくり足を進める。

午前5時35分 兼六園着。1500本目の桜の前で記念撮影。

毎年この兼六園に入ると涙があふれてきます。長い長い旅の終りに、そして今年も会えた桜に涙涙。

 

さあ、ゴールのルネス金沢を目指してもうひと頑張り。

最後の6kmは長い長い旅を振り返りながら回想の時間。

やっと終わると言う気持ちと、ああ終わってしまうと言う気持ちとが複雑に交差します。

そして午前6時40分 長い長い旅が終わりました。

 

道行く人からのたくさんの応援、立ち寄ったお店の人からの応援、そして仲間から携帯に応援メールと数え切れないありがとうがありました。

勝手気ままなさくら道でしたが、今年も又たくさんの方に元気を頂き無事金沢まで旅する事が出来ました。

たくさんの思いでとたくさんのありがとうで今年も又、心が温かくなりました。

さくら道、出会った多くの人達に…・ありがとうございました!


         ゆっくり楽しくさくら道
         =二宮徳長=

         

今回のさくら道は,2週間前のかすみがうらマラソンの時橋本さんたちに誘われ,サロマの後,卓さんと走る北海道横断のシュミレーションのつもりで出走を決めたもの.
 5/27絵の練習会を途中で抜け出し,新横浜より名古屋に,夕食を新幹線の弁当ですませる. 19:30ホテルに到着,2日間寝れないので,まず,寝る事に集中,(但し,02:00頃目が覚める).
 橋本さんからメールが有り,ホテルの朝食をパスして集合場所に行く,もうみなさん集まっておられ,名古屋の山田さんも居られた,みなさん楽しくてしかたない感じ,自分もだんだん興奮してくる.
 みなさんは,いらない荷物を宅急便で送っていられるが,私は,北海道のシュミレーションの為金沢で使う物を含め,全てを背負っていく.
  07:00出発,今回はかってにさくら道と言う事で,気楽に自分のスピードで出発,4kmの所で,名古屋の山田さんが奥さんと一緒にエードを張って下さっていた,赤飯のおにぎりを食べさせてもらう,さらに,2個頂きバックに入れて出発(これが,昼飯になる).
 案の定,30kmくらいで除除にみなさんから遅れていく,(後は,ほとんどゴールまで一人旅で有った).
 郡上八幡では,もう暗くなり,とぼとぼと足を進めていると,コンビニの前にきれいなお嬢さんがお茶を持って出迎えて下さり,感激.わざわざ,ぼくの為にサポートに来て下さったのですか,と伺い良く見ると,一緒に出発し途中で止めて郡上八幡に泊まると言われた方でした.どちらにしろ,だいぶ遅れた私まで待っていてくださり感激.暖かいお茶を頂き元気も回復し出発.1日目は大きな出来事もなくスムーズに足をすすめる.
 ひるがの分水嶺(ここで日本海と太平洋に流れる水が別れている所)で朝になる,ここで,前に仲間らしき者が見えた,一生懸命追い着く,橋本さんたちでした,挨拶だけするも,もう,限界,気力が無く休憩に入り,また,離れてしまい,また,一人旅.
 
150kmの みほろ湖 行けば誰かいると思い寄るも,誰もいない.1km先の荘川桜にいるんだな,と先を急ぐ,これが失敗,みほろ湖には自動販売機があったが荘川桜には何もなかった.これを皮切りにトラブル続出である.
 次が,白川郷で道に迷う=多少の大回りでクリアー
 その次が夜になって点滅のライトが点かない(この様な事が無いようにと思い昼電池交換し点灯を確認しておいたのになぜか判らず)=30分くらい触っていたが,治らず後で氣が付いたが他に4個のライトを持っていたのであまり気にする事もなかった.
 その次は,時計が2時間遅れてしまっていた.=ゆっくり行っても07:00に着けると思っていたのに,ゴール16km手前で06:00の時点で鶴見の竹下さんたちに追いついて話していて気が付く.
 これからが,最悪のトラブル,ここから,竹下さんたちと一緒に行こうと走り出したところ,鼻血が出てきてしまい,処置をしていいると,竹下さんたちと離れ更に地図を無くしてしまう.  この地図を無くした事で,兼六園に行くのに約1時間,兼六園からルネスに行くのに約2時間ロスしてしまい.最後の約6kmで4時間掛かってしまつた.よっぽどタクシーにでも乗ろうと思ったたが,此処まで来たのにと思い,ようやくルネスにたどりつく.
 去年も書きましたが,さくら道260km長くて大変で自分には,出来ないと思う人が多いと思いますが,ゆっくり走っていれば,いつの間にか着いている感じで,思ったより大変では無い,走ればほとんどの人が完走できます,一度走ってみてください.
 そして,金沢に着けば,石川県立美術館に行って,野々村仁清作(国宝)色絵雉香炉(重要文化財)色絵雌雉香炉に会いにいきましょう.




2006/4/29〜5/1

2006年それぞれのさくら道
走り旅

=名古屋→金沢 260km=

2006年それぞれのさくら道走り旅
(さくら道260km歓走記)


横浜中央走友会/橋本玲子

5月1日 AM8:00 兼六園が見えてくる。ゴールまで後6.7kmあると言うのに2年間流せずにいた涙が、今、ゴールを待てずに溢れ出してくる。
AM8:05 1500本目の桜にタッチ。長かった…本当に長かった。

4月29日、AM6:30 ランナーとして、サポーターとして、そして地元からの応援隊として今年もさくら道を愛する仲間が名古屋東横イン前に集合。懐かしい仲間との再会。
AM7:00 S家さんの合図で20名のランナーがそれぞれのさくら道260km走り旅へと出発。
今年は気温も低く皆快調な走り。いつもは暑さで早くもダウンしてしまう岐阜市内も気持ち良く走りぬける事が出来、61.4kmの美濃市役所が予定よりも40分早いPM3:40着。
71km地点、道の駅美並の食堂にて今年は夕飯にありつけるかも?ラストオーダーがPM5:30の為毎年タイムアウト。今年こそはカレーが食べたい!食べたい!食べるぞ!!そう思うといつもは夕暮れどきでほんの少し心細くなる長良川沿いの景色も今年は輝いて見え、ますます元気が出てくる感じがしてくる。
 PM5:15 道の駅美並到着。サポーターの方のエイドにて飲み物を頂き急いで食堂へ。4年ぶりの来店。待ちに待ったカレーライスのはずが…食べられない。お昼過ぎからの暑さで全く食欲がなくなっている。ここで食べなければ、きちんと食べなければこの先のスタミナがなくなってしまう。がんばって口に運ぶが、喉をとおらない。後から来たH野さん、一気にカレーライスを食べ、というより物凄い勢いで胃袋に押し込んだと言う感じ、そして一気に缶ビール飲み干し、満足げにお店を出て行く。先に来ていたランナーの方たちも次々に食事を終え出発。一人取り残された私、テーブルには食べられないカレーライスが。仕方がなく白米のみをお茶で胃袋の中へ流し込む。それはまるで、再び走り出す前の儀式を行っているみたいに。 足のマッサージを行い、気を取りなおして道の駅美並を後にする。
PM5:45
 いつもならすでに陽は落ちて暗くなっている景色が今日はまだ明るく、初めて見る景色のようで新鮮に見える。なんだかうれしい。明るい美並の集落の景色をしっかり楽しみながら郡上八幡へと向かう。あたりは少しずつ夜に向かって行く。
PM8:25 90.5km 郡上八幡駅到着。
今のところ膝のほうもたいした痛みも出ず、睡魔もまだ平気、ちょっと胃の方がおかしくなてきたかな?お腹は不調、ぐらいの程度。

いよいよ日付が変わる。4月30日。 佐藤良二さんの顕彰碑に向かって急な登り坂を足早に登っていく。なんでこんな山の上に顕彰碑を作ったの?と毎年この坂を登りながらブツブツと独り言を言っている。
眼下には白鳥の街が一望に見渡せる。これだよね。やっぱりこれだよね。きっと佐藤良二さんもこの山の上から白鳥の街を眺めているに違いありません。なんだか優しい街明かり。
AM0:27 111.2km  佐藤良二さん顕彰碑到着。
今年も無事にここまで辿り着いた事。そしてこの先の安全をお願いする。
さっき登ってきた坂道を一気に下っていくと少しずつ雨が降り出して来る。
白鳥のコンビニにてレトルトのお粥を購入。冷たいお粥は美味しくない!
カッパを着て手袋の中にカイロを忍ばせ、ぬれないようにビニールの手袋をもう一枚して、雨の中を出発。かなり冷えてきている。
さすがに夜中の1時 、2時を過ぎると眠気が押し寄せてくる。それにしても今年はよくここまで眠気が持ったもんだと、ほんの少し感心。
バス停を見つけて中を除くと先客有り。S親分が仮眠中。仕方がなくここはパスして次のバス停を探す。GOODなバス停を発見。ベンチには座布団が敷かれ、サッシの扉でガードされ、中は暖か。
10分と決めて横になる。1・2・3…Zzz…・・3秒で夢の中。これはかなりの特技。そして10分後、頭すっきりで目覚める。素晴らしい!!!
まだまだこの特技を習得していないH野さんは、10分間目をつぶる事のみに終わってしまったようで、少々不満げ。
眠気も覚め雨の中、蛭が野分水嶺に向かってゆっくりと登っていく。
少しずつ明るくなり雨も上がってきた様子。
さっき覚めたはずの眠気が再び襲ってくる。もう一つの特技、歩きながらの眠りに入るが、段差でみごと転倒。CWXの大切なタイツに穴があいてしまう。
AM 5:30  134.6km、蛭が野分水嶺到着。まわりにはたくさんの残雪。ここから太平洋と日本海に水が流れていく。
サポートK坂さんの手抜きうどんを頂く。冷えた体には最高のご馳走。
気分を入れ替えて、荘川桜むけて出発。ここから後半戦。だらだらの下り坂が続く。膝を痛めないよう慎重に進んで行く。
AM 8:30 149,7km  荘川桜到着。樹齢450年の桜の木とのご対面。今年は寒さの為開花前。
サポートM川さん Y原さんよりうどんの提供。有りがたい事です。それぞれのさくら道、基本的にエイドはないものと思ってください。と言われているにもかかわらず、ここまでいろいろな所でエイドを設置して頂き、私達はたくさんの元気を頂きました。
ここ荘川桜ではサポート車の中で15分の仮眠を取らせて頂く。熟睡。
元気一杯でスタート。歩道のないトンネルを何度も抜ける。御母衣ダムを通過し、昨年のリタイアポイント170kmを通過。御母衣ダムから白川郷までの16.7kmは何故か毎年同じ事を思ってしまう。「あああ…今年で最後にしよう。こんな辛い事は今年で最後に」と。今年で5回目のさくら道。やはり同じ事を思ってしまう。
足の裏が焼けるように痛い。体に力が入らない。なんでこんな辛い事やっているのだろう。
それでも今年はリタイアの4文字が頭に浮かんでこないという事は、まだ限界ではないのかもしれない、という気休めな考えのもとなんとか白川郷入り口に到着。
今年もY田さんエイドにお世話になる。
今年は体調不良の為早くもリタイアしてしまったY田さんの奥様K子さんが一緒にエイドをして下さっている。頭が下がる思い。昨年一昨年とリタイアした私は、さっさとゴールのルネス金沢に戻り、のんびり温泉につかり、暖かな絨毯の上でぐっすりと眠っていたわけで…・そんな自分が本当に情けなくなってしまう。
暖かいお粥を頂く。美味しい!お腹が満腹になると何故か幸せな気分になり再び力が涌いてくる。
雨が降り出したにもかかわらず 193.7km 道の駅ささら館までは快調に飛ばして行く。
PM 6:00 193.7km  道の駅ささら館着。
ここのお蕎麦やさんのラストオーダはPM6:00。ぎりぎりセーフで山菜そばと五箇山豆腐を注文する。
二晩目の夜へ突入。寒さも増してきている土砂降りの雨の中を出発するのはかなりの勇気が必要。この先幻覚との戦い、そして向かうは五箇山峠。考えれば考えるほど出発の勇気が消失してしまう。そんな時サポーターM川さんの一言が私の背中を押してくれる。
「待ってるからね!何時間でもゴールで待っているからね!必ずおいでね!」
誰かが待っていてくれる。私達の為に待っていてくれる。その思いに答えなければいけない。そう思うと怖いものなんか何もないと言うくらいの勇気が涌いてくる。
戦いに挑む兵士にでもなった気分で胸を張って雨の中出発。
3年ぶりの二晩越えは数々の幻覚が現れては消え、又現れては消えての連続。
巨大な魚が出てきたり、木の上で犬が吠えていたり、空から金の玉が降ってきたり、何だか摩訶不思議な幻覚ばかり。そして五箇山峠の下りではずっと乳母車を押した女性が右横に。(ゴール後は皆それぞれ自分がどれだけ凄い幻覚を見たかの自慢話に花が咲きました。)
真夜中の城端の街は車の通りもなく幻覚のオンパレード。
そして最後の難関県境の峠越え。車もほとんど通ることなく真っ暗な闇につつまれ、疲れきった体と睡眠不足の脳に容赦なく現れる幻覚。そして足の痛み。気を許すと前を行くH野さんとの距離がどんどんひらいてしまい、闇夜に一人取り残されてしまう。

全てが限界に達し、全く自分でもどうして良いのかわからず叫び声をあげてしまう。
自分で自分が手におえなくなっている。気力体力共に、もはや限界か?
そんな時たくさんの仲間からの応援メールが頭に浮かぶ。やめるわけにはいかない。
気がつくと夜は明け新しい朝が始まっている。
愛知県から始まり岐阜県、富山県、そして石川県へ。
AM7:00 兼六園まであと6.8km。通勤、通学時間とかさなり、人ごみの中を必死に最後の力を振り絞って走りぬけて行く。
AM8:00 兼六園が見えてくる。涙が止まらない。一度気を許すと次から次へと零れ落ちてくる。
再び気合を入れラスト6.8km.
道を間違えないように慎重に地図を確認しながら進んで行く。二口町の交差点を曲がり残り3kmの直線。
スタートしてからの事が走馬灯のように頭の中を駆け巡っている。
辛かった事、辛かった事、辛かった事ばかりが。
金沢ルネスの建物が見えてくる。ボロボロになった体に光が蘇ってくる。再び涙、涙、涙。
金沢ルネスの敷地内にはいる。遠くにゴールテープが。涙をふいて大きく大きく手を振る。

AM10:30 3年ぶりにルネス金沢に辿り着きました。長かった…・

50時間30分。長い長い旅が終わりました。感動的なゴールでした。そして、この感動はそう簡単には手に入らないのだと言う事を改めて感じさせられた瞬間でした。
2日間も夜を徹して走る(歩く)なんて事は体には絶対良くない事だと思います。でも、体には良くないと解かっていても、きっと又来年も走ると思います。
なぜならたくさんの暖かいハートとの出会いがあるから。
荘川桜を過ぎたあたりから足の裏は言葉では言い表せない激痛が走っていました。何度も睡魔に襲われてフラフラになりました。でも今回は1度もやめたいとは思う事はありませんでした。
もう1度ゴールの感動を味わいたかったから。
そして何よりも、さくら道を愛するたくさんの仲間の暖かい心があったから。
五箇山の登りの途中で初めてお会いする事が出来た福光のH多さんご夫妻。豚汁最高でした。五箇山頂上のトンネル出口で頂いた滋賀県T口さんご夫妻のカレーライスは最高のご馳走でした。
本当にたくさんの方の暖かい心が私をゴールへと導いてくださいました。
応援して下さった多くの仲間に…ありがとうございました。そして又来年さくら道でお会いしましょう。


          2006年それぞれのさくら道走り旅
          さくら道260km初チャレンジ、そして、完走!!

            
                  横浜中央走友会/二宮徳長

 私がウルトラの様な長い距離を走るなど,思ってもいなかった.それどころか,260kmの大会がある事すら,走友会に入る迄知らなかったのです.
 でも,それを知ったら,一生に一度でいいから走って見たいと思ってしまう,何でもやりたがる私の悪い癖かな.
 実は,去年サロマの100kを完走し,秋に甲州街道の215kに挑戦したのですが,その時,台風で持っていた地図とホテルの電話番号等のメモが見えなくなり,八王子でリタイアしてしまった.
 そんな時,巨人軍団の浜野さんと橋本さんに,さくら道に誘っていただき,大会に申し込みをしました.車で下見に行ったのですが,260kとは,とてつもない距離で,人間が走る様なものではない,とんでもないものに申し込んでしまった,と後悔しました.
しかし,走っている人がいるのだから,時間を掛ければ,出来るはずだと言い聞かせ,制限時間をオーバーしても260k走りきれば良いと,自分で決め大会に臨むことにした.

  それでは,長ウルトラの為に何をするか,私の場合フルを走っただけでも,膝にくるので,まず,スクワットを毎日する事に決めた.
 それから,私は,水分を取る量が多いので,(さくら道は,山間部が多いので,多量のドリンクを背負って走らなくてはならない為大きな負担となる)給水量を減らす事に努めた.
 しかし,そのどちらとも,思うようにできず,また,走行距離も思ったように,延ばせないまま,大会当日となってしまった.あとは,やれる所までやるしかない.と走りはじめた.

大会は,多くのエイド(私設を含め)を設置してくださっていて,その何方もが ”さくら道” を良く知っておられ,自分が走っている様な気持で対応してくださり,とても気持良い方ばかりで,その労いと励ましに,感激し,また,次迄行こうと思う気持ちになり,気が付けば,完走していた.

 このような,雰囲気の良い大会は他にないと思われるほど,良い大会です.
260kて,とてつもなく大変で,体がボロボロになるだろう,と思っていましたが,そんなに速く走るわけでないので,なんとなく走りきれるものですよ.
 みなさんも,一度参加して,雰囲気を感じ取って横浜中央走友会に生かしてください.



2005/4/30〜5/2
2005年

それぞれのさくら道
走り旅
=名古屋→金沢 260km=



2005年それぞれのさくら道走り旅 歓走記
横浜中央走友会/橋本玲子

月30日(土)AM6:30 それぞれの思いを胸に18名のランナーとサポートの仲間が集合。

朝早くから、名古屋の山田さんが横浜中央走友会の旗を持って見送りにかけつけてくださいました。そしてスタート前には粂さんから激励の携帯TEL。

AM7:00 山田さんに見送られ、私達はそれぞれのさくら道走り旅へとスタート。

この日はかなりの暑さが予想され、とにかく体力温存でゆっくりゆっくりを目標に走り出しました。

22.3km地点一ノ宮の裁判所前では今年も地元の方が横断幕をはって応援をして下さいました。ありがとうございました。

10時過ぎ、あまりの暑さに耐え切れず、コンビニで氷を買って首を冷やす。初日はこの後3時まで氷で首、足を冷やしながら走る事となりました。

岐阜駅手前にて御昼タイム。コンビニでおそばを買う。今のところ食欲はOK!

水はがぶ飲みしない!それに気をつけ、とにかく食べられるうちに胃の中に食べ物を入れておこうと考えていました。

55km手前、関のあたりでは仲間のエイドにてスイカ、メロン、漬物を摂取。

胃がやられていない事を確認。ホットする。

61.4km地点美濃市役所地点では、お握り、梅干をほおばる。16:40

ここからが私の好きな道、長良川沿いに走るコースです。がしかし、毎年の事ながらこのあたりから少しずつ日が暮れてきてほんの少し心細くなる場所でもあります。

日本の中心美並、そして日本の真中にある道の駅といわれている美並の道の駅に到着。

18:30

足のマッサージなどをして、リフレッシュ。

さあ、次なる目的地郡上八幡に向けてスタート。あたりはもう真っ暗。

とその時道に一台の車が。そしてその横に人影が…・え!え!え…・・!!!!

聞いてないよ…?なんとそこには我、横浜中央走友会の粂さんたちの姿が。

うそ…と思わず嬉し涙が。

なんだか懐かしい家族に会ったようなそんな気がしました。

粂さんたち横中のサポートはここから翌日150km地点荘川桜まで続きました。

ありがとうございました。

横中パワーなのか、なんだか元気が出てきて、真っ暗な田んぼ道を歌を歌いながらの快走?

かえるの歌が…聞こえてくるよ…そうなんです。田んぼからはゲコゲコとかえるの鳴き声が。残念な事に走りのパートナーとしてはかなり息があっているつもりだった浜野さんですが、唄のパートナーとしては全く失格で、音痴な輪唱を回りに人がいないのをいい事に大声で歌い続けていました。

ところが…

90.5km地点郡上八幡駅を通過した頃から少しずつ胃の調子が悪くなってきました。

そして、恐怖の眠気が早くも襲ってきたのでありました。

なんとか120km手前白鳥の道の駅まで辿り着き10分の仮眠。

がしかし、ちっとも眠気はとれず、おまけに吐き気。

横中エイドにて暖かいポタージュスープを頂きほんの少し復活。

134.6km地点、蛭が野分水嶺に向かっての登りは相棒浜野さんに手を引かれながら半分夢うつつの歩きとなりました。

さくら道を走るようになって得た特技は歩きながら眠れる事!!!

ここから149.7km地点荘川桜までは下りになります。足を痛めないように慎重に下りを走行。

10:20荘川桜到着。3部咲きの荘川桜とご対面。

エイドにておにぎり、梅干を頂き早々に出発。御母衣ダムまでの8.3km。いくつものトンネルを再び半分寝ながらの走り?歩き?

完全に睡魔に取りつかれ、全く復活できないままにてフラフラ状態。

御母衣ダムにてガス欠。レストランにてカレーを食べなんとか元気をつけようと必死の努力。がしかし…いっこうに眠気はおさまらず、10分の仮眠。

目が覚めると外は土砂降りの雨。かっぱを来て雨の中を歩き出す。眠い!眠い!…・・

170km地点とうとう気持ちの限界。

もう一歩も前へ進もうという気力がなくなってしまい、タクシーにて白川郷へ。

白川郷にてバスの時間まで温泉に入り、17:10金沢行きのバスに乗る。

後悔がなかったと言えばうそになるかもしれません。今になって思えばなぜ?何故あの時もう少しがんばれなかったのか?

そうです。あの時はもう二度とさくら道なんて走りたくないと思っていました。

もう今年で最後にしようと思っていました。こんな辛い事はもう二度と嫌だと。

それなのに…不思議ですね。一晩寝たら全てが楽しかった思い出に変わっているではないですか?日日が経てばたつほど、それがどんどん膨らんで、今では心から楽しかったといえるさくら道になっています。そして、来年また走りたいと。

今年もまた、たくさんの仲間に支えられて無事それぞれのさくら道を終える事が出来ました。

ゴールの金沢ルネスに辿り着いたもの、途中ワープしながら旅を楽しみルネスに辿り着いたもの、それぞれのゴールを決め旅を楽しんだもの、皆それぞれのさくら道を楽しむ事が出来ました。

初日の30度を越す暑さ、そして2日目お昼過ぎからの雨、自然は容赦なく私達を苦しめる事となりました。

私達はどんなに頑張っても自然にはかなわない。それならば、暑さや寒さ、雨や風とうまく付き合っていけばいいじゃないかと。

広い宇宙の中で私達は生かされている。ほんの少しだけ謙虚な気持ちで生きてみようと思いました。

さくら道、毎年いろいろな事を学ばせて頂いています。

そして毎年たくさんの仲間に感謝です。

今年も素敵なさくら道、ありがとうございました。

そして、又来年たくさんの仲間に再会出来ることを祈って…・


 お疲れ様でした!!巨人軍団斉藤親分
         

無事に終わりました。
応援ありがとうございました。
結局親分は30度の暑さで150キロで終わりました(^-^;
まだまだリタイアの反動でダメージが残ってますが、温泉で静養して大黒100に備えます。
さくら道は11名完走。2名ワープしながらゴール。5名がそれぞれで終りました。
懇親会でまた来年も続けて欲しい声が有りましたが、これからまた考えます。来年実施の節は是非またご協力をお願いしたいなぁ…と考えています。
よろしくお願いします。

健康でいつまでも元気でお互い走り旅を楽しみましよう。

                            =2005年5月8日mailより=