2005
【富士夏物語

No64 「Band of Climbers 85」
Fuji Summer Story 2005



白馬スノーハープ&小布施でお世話になりました長島ございます。
粂さまとメール交換させて頂く中で、特別寄稿のお話を頂き、
場違いながら我がチームの紹介をさせて頂きたいと思います。


No64 チーム「Band of Climbers 85」
なお胸に「即応31i」背中にBand of Brothers 31マーク
 
実は、我々は一般の部と自衛隊の部との中間、
ニューハーフ?の部なのです。
元自衛官の集まりです。
即応予備自衛官制度というのが3年ほど前から
関東地区にも発足し、私達は横須賀武山に本拠を置く
第31普通科連隊の所属で、年間30日程、土日等の休日などを
利用して訓練し、神奈川県などで大規模災害が起きた時は
第二陣として召集され災害派遣に向う立場の者です。
 
 昨年からの出場で最下位争いなのですが
(自衛隊の運動会になっているとご批判がある中、恐縮です)、
仕事として走っている現役とは違い、
我々のような「自衛隊の落ちこぼれ」の予備でも
「国を思う、人の為に何か役に立ち続けたい、
この気持ちでは現役にも負けないぞ」
という意思表示でもあります。

もちろん富士登山駅伝は初めての者ばかり、
大工、警備員、大学院生、失業中の者など
現役の頃は少しは走っていた程度で
5時間を切れたら程度のレベルです。




先日、選手を鼓舞(イメトレ)するため、また、他の仲間の応援を呼びかけるため、「2005富士夏物語」をメール配信しました。
粂さんに是非?それを寄稿せよとの指令を頂きましたので、恥ずかしながら、また、駄文で長いですが、紹介させて頂きたいと思います。(なおドコモ用に一文250文字に編集しているため、読み難い点ご容赦下さい)共感頂けましたら幸いです。


   「2005富士夏物語全H話」
@富士の麓より

御殿場陸上競技場に鳴り響く号砲と共に108名の選手がトラックを2周しゲートを抜けていった。
ゼッケン64番、寄せ書きされた黄色いタスキをなびかせ1区・ヒゲジー軍曹が集団後方から徐々にペース上げる。
正面には真っ青な空と富士の雄姿、緩やかな登りが軍曹の呼吸を次第に乱していった。
5km15分台のスピードランナーが揃う1区、軍曹は必死に粘り続けた。
青年の家で待つ2区・六本木ヒルズの前を山梨学院、滝ヶ原、日大…とタスキが渡る。
軍曹はひと際目立つ長身の六本木を確認、右手を伸ばし「頼んだゾ」と声にならない声で78番目にタスキを渡した。

A東富士演習場を抜けて

六本木はハイと答えながら顔を富士に向け直し前の集団を追った。
第1戦闘射場を過ぎると富士山スカイラインは勾配を増していく。
「六本木!行け!」と突然の声、射撃の合間に連隊の現役が沿道で声援を送っていた。
六本木は答える代わりに息を荒げ大きなストライドで更にペースを上げた。
馬返し手前カーブで高田2普連の後姿を捕えた。
曲がり終えると3区・クガク早稲田の姿が見えた。
タスキを早稲田に渡したのに続いて「オォ!六本木」と驚きの声があがった。
膝に手を付き肩で息をしていた六本木はゆっくり顔を上げ、声の主の空挺同期に笑い返した。

B大声援の待つ太郎坊へ

早稲田は出身部隊だった2普連を追い気負ったが僅か100mで呼吸は乱れ引き離されていく。
幾重にもカーブしながら必死に前を見据え踏ん張る。
ようやく右折して御殿場口登山道へ、後1km余り。
200m程の下りで早稲田は呼吸を整えた。
そして残り800mのハートブレイク、急坂に挑んだ。
体が重い、脚が上がらない、窒息しそうだ…歩きそうになるのを必死に堪える。
僅か23分が何時間にも感じた。
もう少しだ!頑張れ!前に付け!
富士が再び見えるとともに容赦無い声援が早稲田にムチをいれた。
チアノーゼ寸前、オエツをあげ倒れながらタスキを渡した。

Cいよいよ山へ

4区・セーフ大工は勢いよく駆け出したが、僅か数十mで股の張りを感じ呼吸も苦しくなる。
茶店を過ぎるといよいよ真っ直ぐに富士を登る砂走り、一歩のうち1/2は滑り、
足踏みをしているような状態でなかなか前に進まない。
つま先を立て、挿すようにしてひたすら股上げ運動を繰り返す。
照りつける日差しが一瞬にして大工から汗をしぼり出す。
2/3を登り、ここからはツヅラ折りの登り。
足元を見ながら固そうなところを選び、時折見上げ5区中継点との距離を確認する。
ふくらはぎは限界に達しあとは気力で脚を上げた。
やっと着いた…

D空気が薄い…

5区・NGO東大は必死に登ってくる大工の姿を確認し目頭が熱くなった。
東大は倒れ込んみながら差し出されたタスキをもぎ取り、引き続きツヅラ折りを登った。
「最初はとばすな!」と声をかけられ、大きく深呼吸をした後、
まずは空気の薄さに体を馴染ませ、徐々にピッチを上げる。
しかしそれにしても苦しい。前に進まない。
スースーハァハァ、呼吸のリズムを崩さないよう強く吐きながら、一歩一歩足元を確かめ進む。
最も長く走る5区、歩き出す走者、何でこんなスピードで登れるの?という走者
抜かれて抜いて、何とか順位を保った。

E富士山頂へ

タスキを受けた6区・設備屋ジョーは大小の火山石で足を滑らせながらも軽さを活かし軽快に登り始めた。
目を見開き、時折吹く強風に耐え山頂神社を目指す。
間もなく滝ヶ原、空挺が突風のごとく駆け降りてきて脇を一瞬にして抜けていった。
これからは下り走者とぶつからないようにもしなくてはならない。
八合目山小屋で「即応ガンバ!」と自衛隊員の声がかかった。
そして何回も繰り返される「もう少しだ!」の声援に気が遠くなった時、ようやく鳥居が見えた。
汗でびっちょり重くなったタスキを机に投げ出しスタンプをもらった。

F駆け降りる弾丸

下りはギャンブルだ。度胸の勝負。
石から石へ跳びながら、ブレーキを懸け曲がり、また加速、更に登りランナーをかわす。
空自選抜に追い付いたが抜くに抜けない。
山小屋前の平地で強引に追い越し順位を上げた。
設備屋は小さくなる東大の後姿を見送りながら、溢れ出る涙の理由を考えた。
一歩が5m、次の一歩に脚が間に合わない。
登り1時間、下りは僅か8分の大砂走り、陵線上に見えた点は砂煙を上げながら一気に迫ってきた。
東大はタスキを渡した瞬間大転倒30m転がったが刻まれた4条右転の傷を撫でて笑みを浮かべた。

Gタスキへの思い

大工が駆け出したのは11:52、よし間に合うと思った瞬間、足をとられ一回転、右肩を強打したが、そのまま起き上がり生涯最速スピードを記録、痛みを楽しんだ。
太郎坊に残るは17チーム、繰り上げスタートのタスキが配られ始める。
残り1分、64番のコールが聞こえ、茶店に砂だらけの大工が姿を見せた。
秒読みが始まる。
スタートラインに付く選手達を「開けろ」の声が道を作り、5秒を残し早稲田にタスキは繋がった。
早稲田は、すぐに集団にのまれ、膝は悲鳴を上げるが必死についていく。
しかし今度は景色が見えた。

Hエンディング

六本木は集団後方から追い上げ6人を一気に抜き、更に加速する。
走ることをこんなに楽しいと感じたのは何時以来だろう?
最終ランナー・軍曹が手を上げる姿が見えた。
軍曹は汗まみれのタスキの重さを肩で確かめながら、こみあげてくる感情を押さえて走った。
滝ヶ原街道に並ぶ家々や応援する人々の顔が霞んで見えた。
12:43:23ゴール。戦いは終わった。
1時間後、山の面々が陸上競技場に揃う。
2005夏、タスキが繋いだ絆〜Band of Brothers 31i


○長々と失礼いたしました。
実際にはタスキを繋ぐには厳しい実力でTVにも映りませんが、いつの日か、横浜中央&WINDさまの後姿を追っかけられますよう頑張って行きたいと思います。