2005/10/23


2005/10/23
2005久米島マラソン

藤澤広明 総合優勝だっ凄い! おめでとう!!
大会新・自己新で2時間半切り達成!!

=追加=横浜中央走友会-NewRecord-
氏   名 グロスタイム 総合順位 種目順位 個 別 種 目
藤澤 広明 02:29:23 1/364 1/37 フル男子30〜34歳



おめでとう!!
10/15土曜練習会で
宣言した通りの
2時間半切り

強い意志
日頃の練習
家族
仲間

ホント
大した奴だっ!!
 

沖縄・久米島に横中の名前をしっかり刻み込みました!!
             横浜中央走友会/藤澤広明


目標は時速17.1km/h。果たして、このスピードで42.195kmを走る事が出来るのだろうか?今回の目標は
@2時間半カット
A5kmのラップを17:30で刻んで行く
B30〜40km間で、最も速い5kmのラップを叩き出す
の3つ。『まだ半切りもしていないのに、この欲張りが!』と思われるかも知れないが、それを出来るようなメニューをこなしてきたつもりだったので、挑戦できると判断した次第でございます。

当日の朝は3:45に起床。ほぼ起きたと同時くらいに『エサ』をパクつく。脚はやや重い感じで理想の状態。アップをして『アンヨが走りたがっているな』と実感。『7:30まで待ちなさい!』と抑えながら15分のアップ終了。そして7:30スタート!ススッと前に出て白バイに張り付く。今回はエラいレベルの高い招待選手(今年の別大で2:13:34で8位!)が来ているが、臆せず前を行く。1kmを3:32あたりで通過。チラッと後ろを見ると、既に差が開きはじめている。『ほほ〜招待様は、まだ流しているんじゃろなぁ〜』と進む。
心地よいペースで最初の5kmを走り、タイム次第でその後の展開を設定。さて、運命の最初の5kmを通過!先導のエコカーの電光表示と手元の時計とで確認。17:53の文字が!『あべっ!!ゆったり入り過ぎたか!?』こりゃ上げなアカンと判断してエンジン点火。白バイのエンジン音が高くなる。コースはフラットと言うのだが、意外と長い坂が出てきた。『聞いてないよ〜』まさにダチョウ倶楽部状態。ペースを落とさないようにググッとチカラを入れる。そして10kmのラップは17:27。坂がありこれは上出来。ペースは心地良いより少し上の感じ。記録を狙うならこの位の負荷だろう。
今回、レース中に確認したい事があった。トレッド・ミルと実走では、どちらがしんどいのか。トレッド・ミルで16km走をやった時、結構キツくて確か56:10あたりだった。そして16kmを通過。タイムは56:11あたりで同じくらい。身体のコンディションもあるだろうが、トレッド・ミルの方が断然しんどい。『だよねぇ〜』と予想していた結果に納得。
町中の商店街を熱烈な声援を受けて走り海岸線へ。海のうねりが凄く白波がたっている。『ここ数キロは風との戦いだな』と気合いを入れる。向かい風でないのが救いだが、蹴り上げた脚が流される程の横風だ。横風には『横風』で対抗!『横浜の風の方が強いんじゃ!負けねぇぞ!』の思いで進む。

中間地点の看板が見えてくる。どうやら1時間14分を切れそうだ。手元の時計で1:13:57あたりの数字を確認。過去にこんなタイムでハーフ地点を通過した事などない。昔ならハーフマラソンでもこのタイムなら『やったぜ!』と喜んでいたくらいだ。『進化しとるんやなぁ』と実感しながら、後半上げていけそうな身体の状態を確認。『ミーフガー』という観光スポットを折り返し、ペースをチョイと上げるイメージ。ここで心肺機能系に負荷を感じる。『う〜ん?タレてきてるのか?』と不安を感じていると25km地点通過。ラップは何と17:05!!計測ポイントがズレているのかも知れないが、確かにペースを上げたのもある。この数字を見て俄然後半に期待大。ここでかなり貯金も出来た感じだが、更に行く気が芽生える。『これは27分或いは26分台まで引き上げられるかもだ!』とワクワク。が、再び町中に戻るチョイとした起伏に差し掛かると『ズシリ』と脚に重たい感覚が…。ここで潰れるワケにはいかない。とにかくリズムを崩さないように進む。前方から来るすれ違いのランナーから『頑張れ!』や『行けぇ〜』の声援を受けてやる気をもらいながら進む。アンヨはバテてきているのは間違いないが、粘るしかない。30km通過の5kmラップは17:33とまずまず。そして31kmまでの1kmは3:30と落ちていない。すると後方の審判車から『大丈夫!キロ3:30のペースで行けてるよ!』と声が。左手を上げてお礼をする。
そして『ここから』というのに大失速の予兆が…。今までのレース展開ならば30〜40kmはペースアップ出来ていたのだが、過去にないペースでここまで走ってきた脚は相当バテていた。35km通過のラップは17:46と落ちる。ここから更に落ちるなんて、この時は思いもしなかった…。37〜39kmあたりに2カ所の坂があり、バテている脚ではリズムをとる所ではない。とにかく出来る範囲で粘る!審判車からも『最後の坂だ!頑張れ、頑張れ!』と声援をもらうが、先導の白バイのエンジン音が低くなっているので、相当ペースが落ちているのが分かる。何とかクリアして、もう坂が無いと安心して下る。そして40kmを通過。ラップタイムをみて愕然。18:49という数字が…。何やってんだ俺!ここまで来たのに、半切りすらヤバいなんてゴメンだぜ!』もう28分台なんて無理どころか、半切りも赤信号。とにかく前へ前へ。さすがに笑顔は消え、沿道の応援に応える力も走る方に使用する。30kmあたりから左足の指の付け根あたりに靴擦れの痛みがあり、ピークに達していたが『足の裏全体が血豆になっても構わない!半を切れるなら引き換えに捧げるから頼む!』もう必死だ。に、しても長い。こんなに2.195kmは長かったか?『横中のみんな!俺の背中を押してくれ!思いっきり!』いろいろな人の顔を浮かべてお願いする。
そしてラスト1kmを通過。が、安心出来ない。『さぁ、フルのトップが来ました!大幅な大会記録更新です!』と審判車のアナウンス。そしてゴールの運動場が見える。『運動場を1周なんてコトだったら終わりだ…。』と不安に思いながら芝生に踏み込み前を見ると、ゴールアーチが!『よかったぁ〜☆』ここでようやく半切りを確信。そして左脇に横中の幟を持ったカミさんを発見。『どうする?手に持つ?』の問いに『おうっ!』と応えるて受け取る。高々と振りかざす予定が半切りギリギリとなってしまい、飛脚のような状態でゴール!(粂さんすみません)時計には『2:29′24″29』の数字が刻まれてました(記録は2:29:23でした)
とりあえず半切り達成で〜すo(^-^)o
35kmまでは目標の時速17.1km/hで行けたのに、そこからが粘れなかったですね〜。
次のフルは、来年の泉州国際マラソン。その時は『昨年の課題をクリアした』とレポに書き込める自分になっていたいです!
☆FUJIHIRO☆

 まだまだ上に行ける力を持っていると信じてます!!
                 藤澤知美・幸大



今年7月に「沖縄に行きた〜い」から始まり、「どうせなら走れば?」そしてこのマラソンに決めました。毎日久米島マラソンのHPを見て走らない私が一人で盛り上がってました。
HPのカウント数は間違いなく私が上げてたでしょう。
 
前日から久米島に入り、その日は受付を済まして近所の散策・・・。レース会場にはテントやら何やら準備が進んでいるようです。旦那は明日、レースが終ったら絶対行こうと決めていた「畳石」と「ウミガメ館」の散策へジョグで行ってしまいました。その間、私と走は旦那が明日の朝食べるおにぎり6個とパンを調達しに行ってきました。
その日は、10時に川の字で就寝し旦那は当日3時起床。ゴソゴソとおにぎりを食べたり、毎朝恒例の腹筋をしたりしてました。「調子は?」「良すぎる」との答え。。。再び私は爆睡モードに入り7時起床。パパのスタートは7時半。ここで本来ならスタートを見に行くのですが、今回はスタート場所に行かず走とホテルで朝食バイキング食べてました。行ったら2時間半待たなきゃいけないし・・・。旦那もそれで良いって行ってくれたのでお言葉に甘えて2人でのんびり過ごしてました。
9時を過ぎた頃、ゴール会場へ行き10時10分前横中の旗を持ってゴール近くで
旦那を待ち・・・ギリギリのタイムで会場へやってきました。周りからの「おー速い!!」「凄い!!」と言う歓声とともにゴール!!「やったぁ〜優勝 (*゜Д゜)/ダー゜+。」
帰りの飛行機でもたくさんの人に話しかけられ、ちょっとした有名人になってしまいました( ´艸`)ムププ
 
今まで、頑張って練習して来たからこの久米島で優勝、30分切りが出来てたことは本当に彼の中では思い出に残る大会になったと思います。走友会と言う「走る仲間」との出会いもプラスになっているはずです。彼は昔から1つのことにとことんのめり込み、納得行くまでやりとげられる強い精神力を持っています。私が旦那にもっと頑張って欲しいと言う意味で、あまり「おめでとう」って言う言葉は掛けない様にしてます。今回のレースも・・・。

私はまだまだ上に行ける力を持っていると信じてます。
(褒めすぎかな・・・(;^_^A アセアセ・・・)