2008 SPARTATHLON
スパルタスロン ΣΠΑΡΤΑΘΑΟΝ

 2008/9/26〜27 天気: 晴れ 
ギリシャ・アテネ→スパルタ (245.3km 制限時間36時間)
 横浜中央走友会/小沢和彦  30時間34分54秒  21位
     参加者307名(日本人60人)小沢選手は30時間34分54秒で総合21位/日本人5位でした

コースMapについては大会HP提供の下記URLをご参照下さい
http://www.spartathlon.gr/resultsGRmap.php


2008スパルタスロン完走 
         
横浜中央走友会/小沢和彦


今年最大の目標レースのスパルタスロンを無事完走して来ました。 このレースは毎年アテネからスパルタ間の246キロを36時間以内の制限時間で走る 過酷なウルトラマラソンです。 今年の参加出走者は307名で内日本からは60人もの参加がありました。 エイドステーションは全部で75ヶ所あり、主要CPはではタイムを計測しております。
【レース結果】
C/PNo22  81km 7時間07分通過
C/PNo35 124km 12時間41分通過
C/PNo43 148km 16時間48分通過
C/PNo52 172km 20時間45分通過
C/PNo60 195km 23時間50分通過
C/PNo68 222km 28時間01分通過
ゴールタイム 245,3km 30時間34分54秒
●スタート〜81km アテネのパルテノン神殿を朝7時00分にスタート スタートして2kmくらいはキロ5分30秒で抑えて集団の中にいましたが、我慢できず ペースアップ50kmを3時間45分のキロ4分30秒で通過ここまで全体順位も4位(日本人で は先頭)まで上がり思った以上のアップダウンで足が疲れて来た。 おまけにエイドのコーラと炭酸オレンジの飲み過ぎで気持ち悪く胃をやられ、その後 大失速、81kmC/Pでは用意していた食べ物に全く食べられずお先真っ暗状態
●81km〜124km 途中少しの上りでも歩きが入りエイドのマッサージを受けたり、座り込んでアイシン グしたりで何とかごまかし復活を待つ。 124kmエイドに着いた時は夜になっていた。
●124km〜148km 124kmエイドでも再びマッサージを受け冷たい物は口に入れず、スープやヨーグルト を貰う。 ここで1時間休み、気持ちを仕切り直す。 まだまだ半分勝負はこれかだ!
●148km〜172km 途中はフランス人のエマニエルと韓国のキムの3人でサンガスの山越えを目指す。 標高差800mを登って下る、夜間でライトを頼りにしないと全く先が見えない。 3人共言葉がほとんど通じ無いが声を掛け合って良いペースとリズムが出てきた! サンガスの下りで歩いていれば良いのに、富士山のようにかけ下りた時に左足を軽く 捻挫させてしまった。
●172km〜195km 一番寒い区間を走りランパンしか用意しなかった事を後悔する。 眠気を吹き飛ばす為に、エイドはホットコーヒーを取るようにした。
●195km〜222km 再びアップダウンが多いい区間に入り食事も エネルギーもほとんど取れ無い事から、走る事が全く出来なくなる。
●222km〜245.3km ここからの20kmは700m下るダウンヒル。
30時間切りも頑張れば行けると思い、下りは 捻挫をかばいながら飛ばす!
最後のエイドを過ぎ平坦な道になり残り4キロを10分で走らないと30時間を切れない事がわかり、気持ちが切れてしまう。

残り3キロからパトカーが自分の後に付き前には地元の子供達が2台自転車で先導してくれる。 スタート前に痛み止めを飲んでいた物が切れたのか、捻挫の痛みが激しくなり歩く事も厳しく、おまけに暑さから熱中症気味で意識が薄れてきた。
後何キロでゴールか何回聞いたんだろう、歩けど歩けどたどり着かない。
自分の後は車が大渋滞になっていた。 たった3kmを30分以上掛って最後の500mくらいに差し掛かる。 坂で抜かした日本人の方が後に追いついて来たので先に行ってもらう。
最後のレオダニス像が見えてからも沿道の方がゴールまで帰って来た選手の応援で拍 手をしていた。 子供たちは集団で取り囲むように一緒に歩いている。 あれが夢にまで見たゴールだ。 スパートも全く出来なかったが像の脚に触れ、キスをして、月桂冠を掛けられ、花瓶のように大きな器で水を飲んだ!
その後は立っていられなくなり、車いすで救護テントの中に入れられた。
ベッドで点滴を打ってもらいやっとレースが終わったんだなと実感出来た! 自分のベットの隣には途中で共に走った韓国選手のキムも先にゴールして点滴を打っ てもらっていた。 彼も良い笑顔をしていた。 お互い栄誉を称えガッチリ握手!
自然と涙が出て来た!